恋は桃色
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「だからさ、何人かで手分けすればいいんだよ」
「手分けって?」
「なに? なに?」
「あーつまり、こういうことだろ? たとえばさ、こことここを誰かが担当して、んで……ここは単独で、とか。だろ? ギイ」
「そうそう」
「あ、なるほど」
「いくつに分かれるんだ?」
「ここも大き目だからいっこにして、ここは……」
 がやがやと騒がしい集団を、視界のすみっこにとらえたまま、ぼくは自分のバッグにテキストやノートをつめこんでいた。
 教室の前の方で、クラスメートが何かを話し合っている。そこに何人のクラスメートが居るのか、彼等が何を話しあっているのか、ぼくにはちっともわからない。
 でも、輪の中心に居るのが誰なのかは、見なくてもわかる。
 彼、ギイこと、崎義一。
 頭脳明晰・容姿端麗・運動神経も抜群で、行動力もあって、誰にでも親切で、まるでお日さまのようなギイは、当然誰からも好かれて信頼されている。しかもうわさでは、どこぞの大財閥の御曹司、なのだとか。
 そんな、天が二物も三物も、いや十物くらいは与えてしまったかのようなギイは、このクラスの級長だ。彼が級長だから――というか、彼が居るだけで、このクラスは、いつも明るく華やかな雰囲気に包まれているし、クラス仲もよいのだと思う。勿論、ただ一人を除いては、だ。
 ぼくはバッグのジッパーを引きあげるとすぐに、教室を後にしようと席をたった。
 床ばかりを見つめている視界にふと、影が射す。
「託生、お前も行かないか?」
「え?」
 顔をあげると、目の前にギイが立っていた。
「この後、みんなで地学の課題手分けしてやろうかって話してるんだけど、託生も一緒にどうだ?」
 そう軽く微笑んで、ぼくの目をまっすぐに見つめるギイに、ぼくはふるふると首をふった。
「……いかない」
 無愛想にそれだけ言って、ぼくはギイの横をすり抜けて教室を出た。ギイはそんな僕を無言で見送っていたようだけれど、すぐに誰かに呼ばれて人の輪の中に戻っていった。
 教室を出て、放課後のざわざわとした廊下を昇降口へと歩きながら、ぼくはギイの栗色の眸を幾度も思い返していた。
 とても、あたたかい色だった。









-Another Morning-









 祠堂学院高校は、S県某市、山の中腹にぽつんとたっている男子校だ。不便な場所なので、多くの生徒は敷地内にある寮に入っている。ぼくはクラスに一人二人くらいはいるかもしれない、と言われている通学生なので、毎日バスに片道三十分揺られて通っている。
 この学校へ進むことを決めたのは、兄――だったのだけれども、ぼく自身もそれについては、やぶさかではなかった。祠堂学院の敷地は人里離れた静かな環境にあり、以前はかなりハイソな学校だったというせいか、雰囲気も適度に穏やかでわるくない。なるべく静かに生活したいぼくには、好ましい学校に思えたのだ。
 それに何より、それまで通っていた中学校とは県をまたいで離れているということが、最大のポイントだった。誰も、『ぼく』を――『葉山託生』を知らないここなら、ぼくも新しい生活を始められるかもしれないと思っていたから。
 だから、ギイの登場は計算外だった。まさか、ギイが過去に『葉山託生』に会ったことがあっただなんて。しかも、この地で。
 勿論、ギイが悪いわけではない。そのことを知らなかったぼくが、悪いのだ。『葉山託生』がこの地を訪れたことがあると知っていれば、ぼくだってわざわざここへ足を踏み入れることはなかっただろう。とは言っても、どうせぼくには進学する高校についての決定権などなかったので、ここが『葉山託生』ゆかりの地だということを知っていようが居まいが、結果的には同じことだったのかもしれない。
 それでも、ことあるごとにぼくに話しかけてくるギイには、正直辟易していた。
 入学式の日にギイに声をかけられて、彼が『葉山託生』に会ったことがあると知って、彼にはなるべく関わらないで生活しようと思ったのも束の間、ぼくの所属クラスはギイと一緒で、出席番号の都合で、席まで隣りだったのだ。ギイのことは覚えていないとはっきり伝えたにもかかわらず、持ち前の級長精神――というのは、クラスの風紀委員で、ギイの親友である赤池章三の言葉だ――で、なのか、ギイはぼくに度々話しかけて、更にぼくが困っていると世話を焼いてくれもするのだった。はじめは申し訳なく思いつつやんわりと断っていたぼくも、彼の親切が度重なるごとに、次第に彼を鬱陶しいと思うようになっていった。
 あんなに優しくて気さくなギイを、そんなふうに思ってしまうことは後ろめたくて、そう思えばさらにギイの親切がわずらわしくなってしまうという悪循環だった。でもそれがわかっていても、どうにもできなかった。だって、ギイがどんなにいい奴であっても、ぼくは過去の『葉山託生』を知っている人間とはかかわりたくなかったのだ。だっていずれ、親しくなれば、関係が破綻してしまうことはわかっているのだから。
 だけれど結局、『葉山託生』を知っているギイに限らず、ぼくはクラスの誰とも打ち解けられはしなかったのだった。もともと人間関係をうまくつくるのが得意ではない――自分でもはっきりとはわからないけれど、でも、たぶん――というせいもあるのだろう。それにぼくは、諸事情から体育の授業は見学させてもらっていたし、部活動にも入らず、遊びに加わることもしなかった。あのギイをへんに避けているせいもあったのだろう。ただでさえ生活を共にできない通学生だっていうのに、そんな様子では友達なんてつくれるわけもないと、自分でもそう思う。だからぼくにとって学校は、人にばれないようにおそるおそる日数をすごすためだけの場所でしかなくなっていた。
 新しい土地で新しい生活を送れるのではないかと思って、ここへ来るのを多少は楽しみにしていたのに――そう思うと、自分が悪いのだとはわかっていたも、やりきれなかった。
 ――だけど。
 本当は、わかっていたんだ。
 新しい生活なんて、ぼくにはきっと一生無理なんだってこと。













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