150000hit御礼企画ですv
「外につながってる糸が、ちゃんと正門から外に出てるとは、限らないんじゃないかな」
ぼくがぽつりとそういうと、章三は少し眉をよせて困った顔をした。
「そりゃあなあ、葉山の気持ちもわかるけど……多分他の場所からも、出ていってないと思うぞ。僕は自分の糸をたどって、随分敷地のギリギリのところを歩かされてきたけど、外に出てる糸は一度も見なかったから」
「でも……外に出る方法は、もしかしたら他にもあるのかもしれないよ」
「……たとえば?」
「えーと、うーん……あ、地下から、とか? あ、ちょっとちょっと、待ってよ、赤池くん!」
ため息をついて後ろを向きかけた章三を、あわてて袖をひいて引き止める。
「冗談だってば」
「まあ、真剣に考えろというのも難しい状況ではあるけどな」
肩をすくめて振り向いた章三に、ぼくは真面目にいい返す。
「そうじゃなくて、ぼくがいいたかったのはさ、赤池くんの糸は、きっと奈美子ちゃんにつながってると思う、ってことだよ。だって赤池くんが、祠堂の誰かと……って、ちょっと考えられないし」
章三はしばし瞬きをして考えていたけれど、やがて怒ったような顔をして、ぼくのひたいをちょっと小突いた。
「ばか、葉山。それをいうなら、お前だろ」
「ぼく?」
「葉山が、っていうか、葉山はともかくとして、葉山の相手が万一ギイじゃなかったら、ギイが報われなさすぎるだろ」
「な、ちょっと、赤池くん。ぼくはともかくって、それ、ちょっとぼくにたいして、ひどくないですか」
思わず憤慨すると、章三はあはは、と笑った。
「冗談だよ。葉山も、ぼんやりしてはいるけど、よくも悪くも生真面目だもんな、ないよ、他の相手なんて」
「赤池くん……うれしく、ないです、あんまり」
ほめられたのか、けなされたのか。
どちらにしても、きっとつながっている、はずなのだ。
祠堂の外へ、大事な人へ。
くるくるとテンポよく糸をまきとりながら、章三はぼくを振り返った。
「そろそろ、ゴールかな? どう思う、葉山」
「そうだね、もうずいぶんたどってきたとは思うんだけど……」
あれからぼくたちは、とりあえず、章三の糸をたどってみることにしたのだった。章三の糸の先が、奈美子ちゃん――もとい、祠堂の外につながっている、と、信じてみることにしたのだ。
「ん?」
糸を左手にまきつけつつ歩いていた章三は、顔をあげて首をかしげた。章三が引っ張るようにしているので、糸は地上一メートルちょっとのところをぴんとはって、まっすぐに学生ホールに入っていっている。しかも、学生ホールに入っていったり、あるいは出ていったりしている糸は、他には見当たらない。
「もしかして、ゴール、かな?」
「そうだといいんだがな」
律儀に糸をたぐる章三を追い越して、ぼくはひと足先に、学生ホールの扉を開けてみた。
「あれ? でも、誰もいないっぽい?」
「まさかこの糸、窓から更に外に出ていってるなんてことは……」
顔をしかめて自分の糸を見下ろす章三をおいて、ぼくはホールの中に入ってみた。章三の糸を目で追い掛けると、糸は入って右手すぐにある、背の低い壁で囲まれたコーナーへと続いていた。
「……あ」
「どうした?」
追いついた章三が、立ち止まったぼくの視線の先にあるものに気づいて、少し息をのんだのがわかった。
糸が続いている壁の向こうにあるものは、章三もぼくもわかっている。携帯電話を持つことが、基本禁止されている祠堂では、わりとそこここに公衆電話が設置されている、のである。
章三は糸をたぐるのをやめて、ゆっくりとそちらへ向かっていった。糸がたわみ、静かに床に降りていく。糸の端っこは、一番手前の公衆電話の受話器に結ばれていた。立ち止まって糸の端をみつめる章三に、ぼくは後ろからそっと声をかける。
「小銭とか、もってるかい?」
「……え?」
「電話、しなきゃ、赤池くん」
「え? ……誰に?」
「ぼくがいわなくても、わかってるんだろう?」
章三はすっと目をそらした。
「……今、か?」
「もう、赤池くん! ぼくはここで遠慮するからさ、ほら、これで」
ぼくは焦れて、ポケットから小銭入れをとりだすと、硬貨を数枚、章三の手に握らせた。
「でも、……ほら。今家にいるとは、限らないしさ」
「大丈夫だよ」
うさんくさげに見返す章三に、ぼくは力強く頷いた。章三はしぶしぶ、といった様子で受話器をとりあげ、渡しただけの硬貨を全部投入すると、こちらを振り向いた。
「これ、あとで返すな」
「あ、うん」
……不意に律儀なのが、なんだか章三らしい。
電話機に向き直った章三は、覚悟をきめたように、迷いのない手つきで数字を押していく。辺りが静かなせいか、コール音がかすかに聞こえる。
大丈夫、ちゃんと、つながってる。
「……あ、……僕、だけど。……うん、久しぶり」
ぼくはそっと、その場を離れることにした。
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