恋は桃色
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 三洲と真行寺から離れて、ぼくは引き続き、糸の先をたぐって歩き出した。
 相変わらず、周囲には糸がたくさんあって、地面に落ちていたり、どこからか引っ張られているのか、ずずっと動いていたり、少し地面から浮いていたりするものもある……ちょっと、ぞっとしない眺めである。それに、時々行き会う人といったら、誰しも糸の先を一心に見つめて、うつむきがちに歩いている人ばかりだ。
 曲がり角で立ち止まり、ぼくはふと辺りを見回した。少し先を、うつむきがちに歩いているのは――政貴だ。
「の……、」
 野沢くん、と呼びかけて、ぼくはあわてて声をひっこめた。
 何かがおかしい……ような、気がする。一体、何が――
「……え!?]
 ぼくは思わず、声にまで出してしまった。
 政貴の左手にはやっぱり糸が結ばれていて、彼はそれをのんびりたぐっている、そこまではいいのだけれど。
 政貴の指に結ばれている糸は、なんと青かった。
 ぼくは呆然として、植え込みの向こうに去っていく政貴の後ろ姿を、声もかけられずに見送ってしまった。
 一体……どういうことなんだろう?
 でも、なんというか。
 政貴なら、そんなことがあってもおかしくない、のかもしれない。なんとなく。


 気をとりなおして歩き出したぼくは、その後体育館まで歩かされたり、雑木林の道なき道を歩かされたりして、大分歩いたと思うのだけれど、それでも糸はまだ終わらない。
 一体、どれだけの長さがあるのだろうか。
 そして、どこへつながっているのだろう?
 今は一応、道なりに歩いている。このまま行くと、正門に出ることになる。
 ぼくはちょっとため息をついて、顔をあげた。正門のあるあたりに、人影が見える。
 あれ? あれは――
「赤池くんだ」
 章三が移動してしまわないうちにと、ぼくは気持ち急ぎ目でそちらへと向かったのだけれど、どうやら急ぐ必要はなかったらしい。
 なにしろ章三は、正門をにらんで、なにやら考え深げに立ち尽くしているのだ。
「おーい、赤池くーん」
「……ああ、葉山」
 章三はこちらを向くと、少し笑って手を振ってくれた。
 ぼくは章三の近くまで行って、立ち止まった。三洲や政貴のことがあるので、まず左手を見てしまう。章三の左手くすり指には、きちんと赤い糸が結ばれていた。
「これか。変ないたずらだよな、まったく」
 章三はぼくの視線の先に気づいて、大きくため息をついた。
「赤池くんも、糸の先を探しているところなのかい?」
「いや……僕は、そういうわけじゃあないんだが」
 なにやら言いよどみ、目線をずらす章三に、ぼくは首をかしげた。
「それじゃ、一体なにしているんだい、こんなところで」
「あのな、葉山」
「うん」
 なにやら難しい顔でこちらに向き直って、章三はあらたまった声を出す。なんだろう。
「何のいたずらか知らないが、皆の手に、こうやって赤い糸が結ばれているだろう」
「そうだね」
「赤い糸と言ったら、運命の恋人とつながっているはずだとかなんとか言って、皆糸の先を見に行っているだろう、葉山も」
「うん、まあ……」
「だけど、ないみたいなんだよ」
「……なにが?」
「学校の敷地外へ出ていってる、糸が。僕も自分の糸を追ってあちこち見て回って、それでおかしいと思ったんだが」
 なるほど。
 章三はそれで、糸が学校の敷地外に出ていっていないかどうか、正門まで確かめにきたのだろう。
「ってことは……」
 ぼくは息をのんだ。
「赤池くんの糸は、奈美子ちゃんにはつながっていない、と」
「ばか、葉山。そういう問題じゃない。糸の先が校内にしかつながっていないんなら、どう甘めに見積もっても、相手は男子ってことになるだろうが」
「まあ、確かにそうだね」
 なにが甘いのか、よくわからないけれど。
 章三は少し赤くなって、不服そうな顔をした。
「ったく、もう少し驚け。まあ葉山の糸は、どうせギイにつながってるんだろうから、心配は無用なんだろうが」
「あのね、赤池くん」
 ぼくはあえて、淡々と返す。
「ギイ、昨日から外出してるんだ。たぶんまだ、帰ってないと思う」
「そうなのか……悪い、つい……」
「ううん」
 でも、そっか。やっぱり、そうなんだ。
 ぼくはちょっと落ち込んだ。
 怖くないのか、と、八津に言われたけれど、ぼくはこれまで、あまりはっきりと考えないようにしていたのかもしれない。
 糸の先がギイにつながっていない、というよりも、ではギイ以外の、一体誰につながっているというんだろう。
 ぼくは少しうつむいて、自分の左手を見つめた。
「でも、赤池くん」
「ん?」




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