恋は桃色
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「す、すんません……って、あれ、葉山さん?」
「真行寺くん」
 ひたいをさすりながら顔をあげると、そこにはびっくり顔の真行寺がいた。
「ぶつかっちゃって、すんません。俺、下ばっか見てたから」
「ううん、ぼくも同じだから。こちらこそ、ぼんやりしていてごめんね」
 ぼくがそう言うと、真行寺は、わかった、というように笑った。
「そっか、葉山さんも赤い糸の先を見に行くとこっすね」
「真行寺くんも、だね」
「はい。正確には、アラタさんに会いに行くとこっす!」
 つまり、糸の先は三洲に違いない、と、真行寺は主張したいわけなのだろう、けれど。
 ぼくとぶつかった真行寺は、ぼくが向かっている方向から歩いてきたはずだ。
 って、ことは。
「真行寺くん、どうやら行き先は、寮の方向みたいだけれど」
 ぼくは食堂を出て、寮を過ぎて、やっとグラウンドの脇まで来たところだ。真行寺は逆に、寮の方へ向かっていたはず。
 そう首を傾げるぼくに、真行寺はあっさりと頷いた。
「あ、はい、そうみたいっすね。ここまでは俺、部屋を出てー、それからグラウンドのまわりを一周まわらされてー、校舎に入って、二年の教室と音楽室と実験室に行ってきたんすよ、そんでまた寮に戻ってきたみたいっす」
「そ、それは……大変だったね」
 でも、だとすると。
「でも三洲くん、部屋にはいなかったよ。だから、生徒会室に行ったのかな、と思ってたんだけど」
「えっ、そうなんすか? 校舎に行ったときに、ついでに一応生徒会室覗いてきたんすけど、アラタさんいなかったんすよね。じゃ、食堂とか?」
「残念だけれど、ぼく、たった今食堂から来たところなんだ」
「食堂にもいなかったんすか」
「うん」
「どこいっちゃったんだろう、アラタさん……ま、この糸をたぐっていけば、きっとその先にアラタさんが……!」
 と、ガッツポーズみたいにして左手をあげた真行寺の背後に、人影がみえる。
「なんだ真行寺、葉山まで。お前たちまでくだらない遊びに参加しているのか?」
 その声にはっと振り返る真行寺を、呆れたような顔でみつめているのは、まさしく三洲新その人である。
「あ、あああアラタさん!」
「あ、が随分多いぞ」
「じゃなくてアラタさん、もしかして糸をたぐって来たんすか、もしかしてもしかして、俺の糸につながって……」
 そこまで一気にいうと、真行寺はふと押し黙った。
 真行寺の目線は、三洲の左手に注がれている。
「あああああアラタさん! 糸は!!」
「また、あ、が増えたぞ」
「だって、糸! 赤い糸、どうしたんすか!」
「糸? お前たちが騒いでいる、それか? なんで俺がそんなくだらない遊びに付きあわなきゃならないんだよ」
 焦りまくりの真行寺とは対照的な、低い声音でそういうと、三洲は腰に手をあててため息をついた。その左手には、糸が結ばれていなかった。
「なんで? なんで糸、ないんすか? もしかして、ほどいちゃった?」
「おい」
 真行寺はオロオロと、三洲の手をとって、ひっくり返したり、また戻したりしている。三洲は眉をひそめつつ、しばらく黙って真行寺の行動を眺めていたけれど、なんでなんでと繰り返すばかりの真行寺に、やがて大きくため息をついた。ピシリ、と手を叩かれて、真行寺は声をあげる。
「いたっ!」
「いいかげんにしろ、ったく」
 眉間にしわがよっている不機嫌そうな三洲と、半分涙目の真行寺を見ながら、ぼくはふとそのことを思い出した。
「あー」
 そういえば、泉である。
 寮の廊下で会ったとき、泉は糸だらけだといって怒っていたけれど、勝手に糸を結んでいった、とは怒っていなかった。泉の指にも、糸が結ばれていなかった、気がする。
「真行寺くん。たぶんこれ、全員に糸が結んであるわけじゃないんだと思う」
「ど、どうしてっすか?」
「すっかり忘れていたんだけど、他にも糸のない人、いたから」
「ってことは、アラタさんと俺は……」
 ふらふらと後ずさり、真行寺はがっくりと肩を落とした、かと思うと、すぐにまた顔をあげる。
「だ、だいじょうぶ!」
「何がだ」
 三洲に冷めた目を向けられても、真行寺はめげずにぐっとこぶしを握る。
「だってアラタさんが誰かの運命の相手じゃないんなら、俺でもいいってことじゃないっすか!」
「……よくわからんが」
 不機嫌な表情のまま、三洲は口をひらいた。
「赤い糸の先には、運命の恋人がいる、ってことなのか?」
「そ、そうっす。多分」
「つまり、俺はお前の運命の相手ではない、と」
「そ……や、いや、だから大丈夫っす! アラタさんの相手はいないんすから! 俺、アラタさんの運命の恋人、立候補しますから!!」
 三洲はひそめていた眉をとくと、ふっと微笑んだ。
 ……おや?
「そうか、真行寺。そこまで俺のことを思ってくれているなんて、うれしいよ」
 ……おやおや?
「あ、アラタさん……!」
 あまりにも穏やかな、三洲の微笑み。ぼくとしては、何かこう、不穏なものを感じてしまうのだけれど、真行寺は大いに感動している、らしい。ぼくの心配しすぎなのだろうか?
 喜びのあまり、今にも三洲の手をとらんばかりの真行寺に、三洲は改めてにっこりと微笑んだ。
「けど真行寺、お前にはお前の運命の恋人がいるんだろ? 俺なんかにかまけていたら、先方に失礼だろう」
「え……」
「お前はそんな不義理、しないよな? ちゃんと自分の運命の恋人を、幸せにしてやれよ?」
「や……ちょっと、アラタさん、そんな、待ってください!」
 優雅に微笑む三洲に、真行寺はあわてて食い下がっているようだけれど、いかにも分が悪い……気が、する。
 なおもなにやら押し問答を続ける二人をおいて、ぼくはこっそりとその場を離れた。



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