恋は桃色
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 よし。
 腹が減っては戦はできぬ、と、いいますし。
 とりあえずぼくは、腹ごしらえを兼ねて食堂へ行ってみることにした。
 赤い糸だらけの廊下を、糸を踏みこえたり、時にはくぐったりしつつ、ゆっくりと歩く。自分の糸はたぐって、輪のかたちにまとめていく……たぐっていくと、改めて長い糸だなあ、と思ってしまう。
「なにこれ! 邪魔っけだなあ」
 前の方で扉をあけて、顔をしかめているのは、泉だ。長い廊下を延々と糸をたぐってきたぼくは、泉の言うとおり、と、思わず頷いてしまう。泉はめざとくぼくを見つけると、扉に手をかけたまま、声をかけてきた。
「葉山! これって、一体なんなんだよ」
「さあ、ぼくもわからないんだ」
 泉は両手を腰にあて、ふん、と大きく息をついた。
「誰かのいたずらだろ、どうせ。ったく、早く片付けろってんだ。ちゃんと元通りにするまで、僕は部屋から出ないからな!」
 誰だかわからない犯人にそう言い捨てて、泉は部屋に戻ってしまった。
 びっくりして、しばらく呆然と泉の部屋のドアを見つめてしまったけれど、気をとりなおして歩き出す。
「あれ?」
 ようやく寮の玄関にたどりついたところで、ぼくは首をかしげた。糸は寮を出て、食堂とは反対方向に向かって伸びていたのだ。糸の先が気になったけれど、巻きとっておいた糸を伸ばしながら、最初の目的通り食堂に向かうことにした。


 休日の朝とはいえ、食堂はやけに閑散としていた。
 やっぱり、みんな糸のことが気になって、食事どころではないのかもしれない。
 食事をトレイにのせて、空いたテーブルにつこうとしたところで、横合いから声がかかった。
「葉山くん、おはよう」
「あ、おはよう、八津くん」
 八津は、トレイを手にしたままにっこりと微笑んだ。
「葉山くん、ひとりなんだ? 一緒してもいいかな?」
「うん、もちろん」
 向い合うようにして座った八津の左手には、やっぱり赤い糸が結ばれていた。
 まずは、と、じゃこ入りのだし巻きに手をつけながら、なんとなく八津の左手を眺めていると、八津は箸をとりながら苦笑して言った。
「これ、ね。びっくりしたよね」
「うん。朝起きたら、こんなことになっているんだもんね」
「もう、一体なんなんだろうね? 誰かのいたずらにしては、大掛かりすぎるし」
「うん……それに、この糸、すっごく長いよね。どこにつながってるんだろう?」
 首を傾げるぼくに、八津は箸をとめた。そして少しためらってから、気持ちぼくに顔を近づけると、秘密めいた小声で言った。
「でも、ほら、赤い糸といえば……、だよね」
「え?」
「知らないのかい? 赤い糸伝説」
 八津の言葉に、ぼくは思わず目を見開いてしまった。
「運命の人と結ばれているっていう、あれかい?」
「そう。ちょうど、ご丁寧に左手のくすり指なんかに結んであるし」
「じゃあ、この糸の先には運命の人がいるってこと?」
「そうなる、よねえ。伝説の通りなら」
 八津はそう言ってまた苦笑すると、食事を再開した。ついつい八津の手元に目をやって、あ、箸使いがキレイだなあ、とぼんやり八津の箸の先を見つめてしまったのだけれど、けれど。
「確かめて、みる?」
「え?」
「糸の先が、どこにつながっているのかさ」
「……葉山くん、勇敢だねえ」
 力なく微笑み、八津は箸を置いて茶碗をとった。
「そうかな?」
「だって、怖くないのかい? その、もし……だよ、もし、運命の相手が、思っても見ないような人だったら……」
 まあ、確かに八津の言うこともわかるのだけれど。
 でも、知らないままにしておくのも、なんとなく、コワイ。
 そう言おうとして口を開きかけた瞬間、八津の左手がぴくり、と動いた。意図しない動きだったらしく、手にしていた茶碗のお茶がこぼれそうになって、八津はあわてて右手で茶碗をとり、机におく。
 けげんな表情の八津の、くすり指の赤い糸がぴんと張って、宙にのびている。
「え?」
「あれ?」
 糸を追って顔をあげると、そこには矢倉が立っていた。
「宏海……」
「や、矢倉……」
 とまどう八津に、感無量、といった体の矢倉は、八津の手につながる、たぐった大量の糸の末端、自分の左手のくすり指を目の前にあげてみせた。
「やっぱ、俺たちって運命なんだなー!」
「ちょ、ちょっと、矢倉っ、……こんなところで!」
 たぐった糸をほうりだして抱きついてきた矢倉から、必死に逃げようとしている八津を見ながら、ぼくはお茶を飲み終えて席を立った。
 これはちょっと、スゴイ。
 確かに、あの二人は運命的、なのかもしれない。
「よし」
 ぼくはトレイを返却口に返し、ぐっと両手を握った。やっぱり糸の先、探してみよう。


 食堂を出ると、ぼくはふたたび糸をたぐりながら、その先を追っていった。
 周囲には、ぼくと同じように糸をたぐっている生徒が歩いているのがちらほらみえる。寮を横目に、校舎の方へと歩きながら、本当にたくさんの糸が落っこちていることに呆れつつ、ちょっと感心してしまった。誰かのいたずらなら、相当大変だっただろう……あ、でもそうすると、犯人は矢倉と八津の関係を知っていたってことになるんだろうか?
 ぼんやり考えながら、糸だけを見つめて歩いていたので、ぼくは前から歩いてきた人影に気づかなかった。
「わっ」
 ぶつかった相手は――





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