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[ 二次/星矢 ]

「新世界」6

 結局、あの日カネロニを二回もおかわりした薔薇は、それからしばしば巨蟹宮を訪れ、おれに手ずから淹れた茶をふるまったり、頼んでも居ない裏庭の掃除をしたりするようになった。世話していたはずの薔薇に、自分が世話を焼かれるというありさまだ。意味がわからない。
 おれのシルクのシャツを勝手にかつ豪快に洗濯してよれよれにするまでは渋面で許してやったが、おれが死ぬ前から欲しかったジャガールクルトの腕時計を贈ってくるに及んで、おれの我慢も限界に達した。
「おまえはこないだっからなんなんだよ一体、おれに嫌がらせでもしているつもりなのか」
「嫌がらせ? なぜ」
 おれのソファに姿勢良く腰掛けた薔薇は、わからない、というように首を傾げ、さらりと黄金色の髪が鳴った。ただそれだけで、あたかも薔薇が芳香を放つようだ。クソ。
 ローテーブルの上に置きっぱなしの時計とかぐわしい紅茶を一瞥して、おれはまた薔薇をにらんだ。たちっぱなしで煙草をふかしつづけ、煙に顔をしかめる薔薇にわざと吹き付けてやりさえしたのだが、それでも薔薇は黙って座っている。
「嫌がらせじゃなけりゃあなんだ、生き返った時に頭のどっかの回路がイカれでもしたか」
「…君は、私がおかしいと言いたいのか」
「ああそうだ、おかしいね。お前はおかしい」
 薔薇はじっと考え込むと、深刻そうな表情でぽつりと言った。
「私はおかしいとは思っていない。だが、君がそう言うのならそうなのかもしれない」
 流石に気の毒になって、フォローの言葉を考えてみたが、何も思いつかない。
 馬鹿みたいに黙り込んだおれを見上げ、やがて薔薇は真面目な顔で口をひらいた。
「デス」
「何だよ」
「そんなおかしい私では、やっぱり君の恋人にはしてもらえないのだろうか」
 おれはまた言葉につまった。おかしい恋人…というのは曖昧すぎて、考えてみてもよくわからない。そもそも、何か話が変な方向に行っている気がする。だがとりあえず、薔薇は薔薇で、恋愛対象として考えたことなんてなかったし、答えも思いつかない。わからないから黙ったままで居ると、薔薇は少し俯いてまたちいさな声を出した。
「私は君の恋人になりたかった。でも、君が嫌だというなら…諦めるしかないのだろうな。頭ではそう、わかっているのだが…」
 薔薇らしくもなく語尾を濁していよいよ俯いてしまう。そのつむじに大きく息をつくと、薔薇はおれの溜め息にちいさく肩をふるわせた。
「おまえ、どうしたいんだよ」
 薔薇は俯いたまま、君の恋人になりたいのだ、と繰り返す。
「意味わかんねえんだよ。それって、具体的に何がしたいんだ」
 薔薇はしばらく黙り込み、やがて顔をそっとあげるとためらいがちに口をひらいた。
「…キスがほしい」


(つづく)

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