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[ 二次/星矢 ]

「新世界」4

 花は咲かせて愛でるものであって、手折るものじゃあない。
 水をやって毛虫をとって、陽をあてたり肥料をやったりしていても、そんなのは人間が勝手にやっていることで、花は感謝などする義務はない。おれがキツい任務をこっそり肩代わりしてやったり、不埒な雑兵を追い払ってやったりしていたからって、そんなのあいつは知る必要すらないことだ。
 薔薇なんだから、ただきれいに咲いていればそれでいい。薔薇なんだから、そもそも意思の疎通が出来るような相手じゃあない。
 おれはずっとそう思っていたし、今でもそう思ってる。
 だから薔薇が突然人間の言葉をしゃべり出したときは、おれはあまりのことに暫く呆然としてしまった。あんまり驚いたものだから、うまく返事も出来やしなかったくらいだ。
「君が好きだ。最初の死より前から、ずっと」
「はあ? 何言ってんだ、おまえ」
 最悪だった。告白をふるにしても受けとるにしても最低最悪な返事だと、我ながら流石に思う。
 薔薇も随分青ざめた顔をして、黙り込んでいた。おれは自分の失言に動揺して、何のフォローもせずにその場を立ち去ってしまい、あとで巨蟹宮の自室のベッドの上でのたうちまわって後悔した。おれの心ない言葉に薔薇は傷ついただろうと悔やみ、せっかく丹精して育てた薔薇に自分で疵をつけてしまったことに随分がっかりした。
 だが、薔薇は流石にそれほど弱い生き物ではなかったらしい。まあ、何しろあれでも黄金聖闘士だ。翌日には何事もなかったような顔で双魚宮の薔薇園で水まきをして、教皇の間へ向かうおれを見つけるとにっこり微笑んで言ったものだ。
「おはよう、デス。今日もいい天気だ」
 おれはまたしても情報処理が追いつかなかった。
 前日の薔薇の言葉の真意はおいとくにしても、あんな扱いをされていくらなんでもおれに愛想をつかしたことだろうと思っていたのに、まったく平気な顔で―― 少なくとも表面的にはおれの暴言を気にしてなんかいないように、きれいに微笑んでいるのだ。おれは気まずくまた少々恐ろしくなり、おうとかああとか適当な返事をして、そそくさと薔薇の前から逃げ出したのだった。


(つづく)

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