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[ 雑感/日常 ]

「月下の一群」3(小説)

 満月なのだろうか、その月はあたしの目にはほぼ真円に見えた。こんな時間に月が中天に来てるのか。あたしは目を店内に戻した。
「…文章」
 女子が口を開いた。かわいい声、フミアキ、たぶんそれが店員の名なのだろう。
「の、ノンノン、どうしたんだよ?」
 ノンノンかよ。
「…なんで別れるとかいうのよ」
「ちょ、ちょっと、そ、それどころじゃないだろ今、お前」
 やっとのことで対話をはじめた二人によってあたしを除く店内の人間たちはほっと息をついたようだった。皆これがきっかけでこのおかしな状況の一端があきらかになってゆくのだと思ったのだろう。あたしはがっかりしていた。憤慨していた。なんだろうかこの尋常な痴話喧嘩は。呆れたね。もう少し位は非日常的な一幕であってほしかったよ。でも仕方がない、人間の悲喜劇なんぞはなべて恋愛より起こるものなのだと今ではあたしにもよく分っている…
 それはさておきそしてあたふたと反応を返すフミアキを尻目に、ノンノンはその場に立ち尽くしたまま一歩も動かずにじっとレジの方向を見つめていた。ノンノンの立っている入り口付近はまだしも月光に照らされてこちら側からでも物の輪郭がわかるくらいの光度はある。でもレジの辺りは少なくとも普通の人間にはものの形を判別できないだろう程度には真っ暗だった。それでもノンノンは凝視をやめない。
 あたしは彼女からはフミアキの顔は見えていないのだろうに、と思った。そう思ったのだ。

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