裏コイモモ
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 …………………………

 …………………………
 ………………
 ここは……

 ……病院…………か?

 ……そうだ、発作が…………おきて

 うつらうつらと考えつつ、俺はそっと目を開いてみた
 いつもの……検査入院で見慣れた天井だ

 
 …………俺は、まだ………………生きているのか………………


「アラタさん?」

 ……………………え?

「目、覚めた? よかった……俺、わかる?」
 どうして…………
「待ってね、ナースコールしなきゃ」
 …………………………真行寺。





 医者は俺をベッドに横たわらせたまま診察し、点滴を設置するとまた居なくなった
 真行寺はほっとしたように、俺の顔を覗きこむ
「よかったね、アラタさん……ひとまず、心配はないって」
 …………
 何が、いいんだ………………声が、うまく出ない
「しゃべらなくていいよ。状況、知りたいんでしょ?」
 俺は少し苦労して首を縦に動かした
「アラタさん、車の運転中に発作が起きて、事故を起こしたんだって」
 うん、覚えてる
「心臓の方はとりあえず落着いたみたいだけど、でも怪我もしてるから、しばらく入院することになるみたいだよ」
 そうか……
 …………
 まだ、猶予はあるのか……
「事故の時、バイクを巻き込んだんだって。覚えてる?」
 俺はかすかに頷いた
「あれ、赤池先輩」
 ……え?
「あ、大丈夫だよ。もう意識も戻ってるし、命に別状はないって。労災も下りるってさ」
 そうか、よかっ……
「ギイ先輩が見舞いに来てたよ。フランスでの用事、抛ってきたって言ってた」
 ……崎なんて、どうでもいい……
「葉山さんにも久しぶりに会った。っていうか、あの二人っていまだにラブラブなんだね。俺、ちょっと……何て言うか、感動しちゃった」
 葉山……そうだ、音コン本選を聴きに行くって、約束……して…………
 ……というか、……今日は何日なんだ……?
 それに、お前……一体いつからここに居るんだ?
「あ……うん、ごめんね。俺、ここに来ていいのかなって思ったんだけど」
 違う、そんなことじゃなくて……険しい表情でも、しただろうか
「アラタさんの家の人が知らせてくれたから」
 ……母も叔母も、真行寺を気に入ってたからな
 ……余計なことを……
「俺……アラタさんが病気だったなんて、全然知らなかった」
 当たり前だ……俺が話さなかったんだから
「……ごめんね」
 ……お前が謝る必要なんか…………ないだろう
「病気のこと知ってから、アラタさんのこと、ずっと考えてた」
 真行寺はそこでふと目を逸らし、窓の外をじっと見詰めた
「なんで俺に話してくれなかったのかな、とか」
 ……そうやって、お前がぐだぐだ悩むからだろう
「アラタさんが俺と別れたいって言ったの、病気が理由なのかな、とか」
 …………
「それって身体が辛いときに、俺が居ると迷惑ってことなのかな、とか」
 …………
「アラタさんはこれからの時間を、俺以外のためにつかいたいのかも、とか」
 ………………
「それとも、……ううん、なんでも」
 …………なんだよ
「でも、理由はわからなくても、アラタさんが俺と別れたいって思ったのは、本気なんだろうなあって思った」
 ……真行寺 
「だから、アラタさん、俺なんかに見舞われたくないかもって、思ったんだけど」
 真行寺は視線をもどし俺の目をじっと見つめ、微笑んだ
「……ごめんね、どうしても会いたかった」
 ……本当に……、馬鹿だ…………お前は……
 ……俺は目を閉じた
「アラタさん、眠い? 点滴に眠くなる薬も入ってるって、先生言ってたし。寝ていいよ」
 眠くなんか……ない、…………………………眠りたくない
 ただ……これ以上、お前の顔を見ていたくないだけだ
「アラタさん……? どうしたの?」
 ……なにが?
「……泣くことなんて、何もないでしょ」
 泣いて……俺が?
 目を開くと、ゆがむ視界で真行寺が穏やかに微笑んだ
「アラタさん、どうしたの……ほんと。事故のこと、思い出しちゃった?」
 そっと手を伸ばし、俺の目元を穏やかに拭う……ダメだ
 その顔を見ると、その声を聴くと、その手で触れられると、何も…………
 ……何も、考えたくなくなってしまう……ダメだ……
「……泣かないでよ」
 俺に、触るな
 そう、
 声を出そうとした、うまく出ない
「うん?」
 かわりに右手がひくりと痙攣するように動き、すぐに気づいた真行寺が、その上に自分の手を重ねた、やめろ、離せ、
「これで、いい?」
 違う、
 この手を。
「もう、大丈夫だから」


 この手を離したくは、なかったんだ。
 こうしてまた触れてしまったら、もう離してやることなんか出来やしない。
 俺はじっと真行寺の目を見て、重ねられた手をそっと握った。
「アラタさん、腕、動かしちゃダメだよ。点滴してるんだから」
 だって、声が出ないんだ。
「大丈夫だから」
 大丈夫……?
 本当に?
 お前がそう言うのなら、そうなのかもしれない。
 真行寺の大きな手がぎゅっと俺の手を握り返すのを感じて、俺はそっと目を閉じた。
「大丈夫、アラタさんが起きるまで、俺ずっとここに居るから」
 判ってる。
 お前は馬鹿だから、嘘はつけない。
 俺が目を覚ますのが何時間後でも、何日後になっても、たぶんお前はここに居る。
 だから、今は。
 ゆっくり眠れると思う。












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