裏コイモモ
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10000ヒット御礼リクエスト特集→毬藻様のリクエスト:裏コイモモの続き、よもやの三角関係??






 放課後の一時、屋上でひとりたそがれていたところに背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえ、確信を持ってゆっくり振り向くとその人が微笑んでいた。
「えっと、久しぶり」
「だな」
 少し離れた位置から声を掛けてきた葉山に、俺も穏やかに笑い返す。
 葉山と俺とはクラスメートなのだからして、小一時間前に教室で別れたばかりで、久しぶりも何もない。
 だから当然ながら葉山の挨拶は『大学三年の夏(すなわち、通算で一年弱ほど前のことになる)にみんなで会って以来、久しぶり』の意で、つまりリプレイヤー同士の会話をしようという符丁でもある。俺がこの時間にここでさぼっていることを、赤池にでも聴いて来たのだろう。
 しかし……先日、赤池から葉山もリプレイヤーだと聴かされてはいたけれど、本当だったんだなあと改めてしみじみ思う。
 葉山はフェンスにもたれたままの俺の隣までくると、持っていたビニールの袋からペットボトルを取り出した。
「これ、だったん蕎麦茶、ぼくのおごり」
「サンキュ……蕎麦茶か、懐かしいな。祠堂でも置いてたっけ」
「売店にあったから、二人分買ってきたんだ」
 蕎麦茶は大学生になったばかりの頃に仲間内で一時期流行り、葉山もそれを思いだしてこれを買ったのだろう。葉山が俺の知っている葉山であると判った今は、それを口に出して一々確認する必要などない。
 葉山は自分の分を開栓して一口飲み、ついつい見詰めていた俺に気づくと、くすっと笑って首を傾げる。
「なに、三洲くん」
「ほんとに葉山なんだ」
「そうだよ」
「ちょっとまだ、信じられない。葉山にしてはうまく隠しすぎだったよ。全然違和感なかった」
「何それ、失礼だなあ」
 葉山は笑ってそう言うと、逆襲に転じた。
「三洲くんこそ、プレイボーイなんだって?」
「……そのダサい呼称は赤池?」
「ううん、今思いついた。ダサいかな」
 どうでもいいけれど。
 俺は蕎麦茶の芳ばしい香りを確かめつつ、喉を潤した。
「でもさ、」
「何?」
「三洲くんが彼氏募集してたんだったら、ぼくも挑戦してみればよかったかなあ」
「そんな冗談を言ってていいのか? 俺が赤池にチクるかもよ」
「それは、困る」
 葉山は屈託なく笑いながらそう言い、俺もまた笑い返す。
「冗談だよ。赤池と葉山だったら、俺は葉山の味方するよ」
「ほんとに? 三洲くん、ぼくなんかより章三とのほうが親しくない? 昔も今も」
「でもほら、俺葉山のこと好きだからさ、昔も今も」
「そうだったの?」
「なんだ、気づいてなかったのか?」
「うん、ぼくなんか頭もわるいし、全然相手にされてなかったと思ってた」
 葉山はあっけらかんとそう言ってからしばし口を噤んで、やがて身体ごとこちらへ向き直って言葉を継いだ。
「嘘、冗談。三洲くんには本当にいろいろ助けてもらったものね」
「はは……バレてた? 下心」
「もう! 真面目に言っているんだよ、ぼくは……本当なんだよ。感謝してるって、前にも言っただろう。三洲くんは、忘れちゃったかもしれないけど」
「……忘れてないよ。吉祥寺で飲んだ時だろ? 大学一年だっけ」
 忘れるはずもない。前の人生で卒業後に葉山と二人きりで会ったのは、あの時を含めて片手で足りるほどしかなかったのだから。葉山も当時の事を思いだしてか、フェンスに置いた腕に頭を乗せて、俺を見上げると柔らかく笑った。
「懐かしいね。あのお店、よかったよね」
「うん。酒の種類が多かったし、食事も悪くなかった」
「また行こうよ、二人で」
「そうだな。それも悪くないな」
 確実な言葉をはずしながら、先の約束を求め合う。
 まるで不倫の最中のようだ――そんな経験、ないけれど。
 そんな単語を思い浮かべたからだろうか、不意に、
「ねえ葉山、キスしてもいい?」
 飛んだ。
 軽い調子は、軽い気持ちからではない。
 葉山もまた驚いた様子もなく、ゆっくりと俺の目を見て微笑んだ。
「嘘から出た実? どうしたの、三洲くん」
「俺も木石ではないからね、好きな子とキスくらいしたいよ」
 葉山はふっと目を泳がせてから俺の顔を見返し、少しいたずらっぽく小首をかしげた。
「キスだけ?」
 葉山らしくもないこの余裕……流石にリプレイヤーだけのことはある。実年齢以上の人生経験をかさねた上に、記憶から少しずつ逸脱する過去を生きなおさねばならない運命とくれば、多少のことでは動じない性質になりもする。
 だから俺も本音をずらし、葉山の真似をして小首を傾げてみせた。
「まあね。葉山ほどじゃないけど、赤池も割と好きだからね」
 やつとは出来ればケンカしたくないね、なんてうそぶく俺から目を逸らし、葉山はふっと微笑んだ。
「……判ってる、ぼくじゃ代わりにはならないからだろう」
 誰の、とは言わなかった葉山に、俺もそれを問い返すような愚は犯さない。
 さわさわと夕まぐれの風が二人の間を通り抜け、少し葉山は身体を震わせた。
 相変わらず、寒がりだな。けれど俺はもう、引いてあげることは出来ない……黙って見守っていると、やがて葉山はまっすぐに前を見詰めたまま、はっきりと言った。
「いいよ、三洲くん。キスしよう」
 真面目な顔でそう言い、フェンスを離れてペットを足下に置くと、こちらに向きなおる。差し伸べる片腕をとってそっと引き寄せ、自分と同じ高さのその肩を抱き、見詰め合う。
 遊びの相手にいつも自分より背の高い相手を選んでしまう原因には、自分でも薄々気づいてる。けれどそれはただの諦めの悪い郷愁で惰性であって、たいした意味なんてない。代わりというなら、誰も代わりになどなりはしないのだ。
 同じ高さで瞬く、その黒い眸をじっと見詰める。
 代わりなんかにはしないさ。
 頬にそっと触れた、その合図で眸を閉じた、大切に、まるで初めての恋人に贈るかのように、キスをする。
 離れては軽いキスを繰り返し、ゆっくりと深くなる毎に熱を与え合う。葉山らしいやさしい口づけにのめり込んでしまいそうになる俺を、ふと唇が離れた瞬間の小さな声が現実に引き戻す。
「三洲くん……」
 そっと身体を離しふと見下ろすと、白い喉がひくりと震えた。
 すぐ間近で瞬いた黒い眸がゆらいで、瞼を閉じるとすっと涙が一筋流れ落ちる。
「ごめ、ん……」
 俺は黙ったまま、俯く葉山の背中を抱き寄せて軽くぽんぽんと叩いた。葉山の匂いが何やら懐かしく、つい抱きしめる腕に力がこもる。
「……聞いたんだ、章三に……三洲くん、の…………病気のこと……」
 葉山はそう呟き身をよじって逃れようとしたけれど、俺はしっかりとその身体を抱きとめて離さなかった。シャツにはたはたと葉山の涙がしみ込んで、肩からぼんやりと温い。
「ごめ……ぼく、なんかに…………泣かれて、めいわく……」
「いいよ、葉山なら」
 声を殺して肩を震わせる葉山を腕の中に収めたまま、何とはなしに空を仰ぎ息をつく。
 同情にせよ他のどんな言訳をつけようとも、他人に俺の運命を嘆かれたくはない。他の奴なら絶対にごめんだよ、確かにね。
 けれど俺は今、葉山の涙を見て不快な気持ちなど全くしなかった。
 それどころか、甘い、少し胸が痛い……そう例えるならば、生じたのは恋心に似た感情だ。
 葉山は俺のために泣くんだなと思ったら、それが例えようもなく愛おしいことのように感じられた。
 抱き寄せた頭に頬を摺り寄せ、髪をゆっくりと梳きながら、その耳朶に首筋に、その瞼に、何度もキスを落とす。
 俺は馬鹿な人間は嫌いだし、そして大概の馬鹿ではない人間は、他者からの一方的な庇護など必要としていない。
 葉山もまた別に馬鹿なわけではないし(少々の、いやかなりの量のボケも、まあご愛敬だ)そして脆く見える外見とは裏腹に、その精神は俺の手など必要としない程に強靱だ。
 けれど、庇護したかった。
 たとえ葉山が必要としなくとも、手を差し伸べたかった。ずっとそう思っていた。
 とは言え勿論、当初からそんな風に思っていた訳ではない。最初の頃、初めて葉山託生という人間を知った頃には、俺はその強さを遠くから眺めるだけで満足していた。けれど、葉山を知るに従って、その強さの根拠――源と言おうか、葉山という人間をよく知るようになってからは、俺に出来る範囲で援けてやりたいと思うようになっていった。
 俺がそんな風に思った相手は、後にも先にも葉山だけだ。




「歴史、変わってただろう」
 葉山が涙の残る鼻声でつぶやいた。
 俺はしっかり抱き込んでいた葉山を少し離し、その顔を覗き込む。葉山は照れたように目元を押え、少し笑った。
「章三に聴いたかもしれないけど、ぼくギイに振られたんだよ。あ、リプレイしてからね」
「へえ?」
 何、葉山から告って、それを崎がフったってこと?
 また葉山も、折角リプレイしたというのに、物好きなというか酔狂なというか。
 そんな皮肉は腹に仕舞って、俺は黙ったまま葉山の言葉の続きを待った。
「これから先のことも、まだまだ変わるのかもしれないよね」
 葉山の言いたいことがやっと判って、俺はくすりと笑った。
 来年のことを言うと鬼が笑う。葉山の言葉も、取りようによってはただの楽天的な慰めに過ぎない。けれど、葉山の真摯さは判る。それに、ただの奇跡待望論というわけでもないことは、同じリプレイヤーの俺にもよく判っている。
「俺も今年の在籍クラスがかわっていたわけだし?」
「そうだよ……あ!」
「何?」
「来年。ぼくたち、同室になれるかなあ」
「ああ」
 そうか、その問題もあった。
「ぼく、三洲くんと一緒がいいなあ」
「赤池とはもう同室になれないし?」
「う……それも、あるけど」
「俺は歴史が変わってくれた方が助かるな」
 あっさりとそう返せば本気で淋しそうな顔をする葉山がかわいくて、俺は思わず微笑んだ。涙の跡のうっすら残るその頬を指でなぞって、にっこりと特別な笑顔を送る。
「だって葉山と同室になったら、俺一年間も我慢出来る自信ないよ。赤池にライバル宣言、するかもよ?」
 葉山は流石に頬を染めて、しかし何かを決心したようにまじめな顔をして言った。
「じゃ、ぼくも歴史が変わることを願ってる」
「おや、つれないね。浮気はお嫌い?」
「未来が、変わったらいい」
 葉山のあまりに真摯な眸の色に、元の場所に帰着せられた話題に気づいてまた微笑んで。
 俺は『この葉山』と再会出来た喜びを、『このリプレイ』を仕組んだ誰かに感謝した。
「葉山、も一度キスしていい?」
「もう、だめ」
「どうして?」
「や、それがその、……さっき泣いたせいか、ハナ呼吸、出来なくなっちゃった」
「………………っ、」
 ツボにハマってしまった笑いに身を委ね、俺の大笑いに憤慨している葉山にポケットティッシュを渡してやって、それでもまだ笑い続け、そして再び誰かさんに感謝の祈りをおくる。同時に、ただ一つの願いをも。
 今日のキスは、きっとこれからも多くの人間に身体を許してしまうだろう、そんなどうしようもない俺のこのリプレイの中で、おそらくただ一度の恋人のキスだ。
 そして、泣き止むまでの間にあやすように贈った、たくさんのちいさなキスを。
 どうか葉山が忘れずにいてくれるように。
 それだけが、俺の願い。











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 毬藻様のリクエストも、おそらく「リプレイ」本編の続き、ということだったの思うのですが、これまた三洲!三洲タク!というわたしの歪曲フィルターにより、「アフターリプレイ」として独立したお話にさせて頂きました…すみません!!どうしても書きたかったのです…!
 リクエスト、ありがとうございました!

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せりふ Like
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