sideT:
まっ暗な意識の中から、少しずつ感覚が目を覚ます。
身じろぎをすると、毛布にくるまれているのに気づく。うつらうつらと思考が目覚め、部屋の、自分のベッドの上だと思いながら、うすぼんやりとした恐れに、なんとなく目を開けるのがためらわれる。でも、何時だろう。今は、一体……
仕方なしにそろそろと目を薄く開ける。昏い。枕元の時計を見ると、3時を少し過ぎたところだった。午後の? でも、寝たのは確か…………あれは
はっと息を飲む。
いろいろな記憶が一瞬で戻って、ぼくは混乱した。そうだ………………書庫で――東くん。作業中にへんな話をした。――何で、あんなことになったんだっけ。本が、落ちた(痛めたかも)(開いて落ちた)手が――痛かったんだ、掴まれて。左手――恐――い――恐い(嫌)――嫌、嫌、嫌だ、嫌だ恐い、どうして、どうして、どうし――章三が(怒ってた)――よく――――よく、わからない。――三洲くん、が居てくれた。部屋まで、ここまで送ってくれて、章三と――それから、どうしたんだっけ―― ベッドサイドの明かりだけの薄暗い室内を、目だけで探る。三洲くんのベッドに、座ったままの人影、三洲くん。…………じゃない。うそ。ギイ? まさか。だって三洲くんは。だってギイは。戻るのは日曜だって言ってた……今は、今日は何曜? 今はいつ? 今は
「託生?」
はっと気がついたときには、もう遅かった。
ギイはじっとぼくを見詰めているようだった。薄暗くて表情が見えない。
「起きたんだろう?」
ぼくが返事を出来ずにいると、ギイはこちらを伺うようにまた声をかけた。
「近づいて、いいか?」
「ギイ……」
ぼくが逡巡している間に、ギイは立ち上がってゆっくりとぼくの枕元に跪いた。
表情がなんとか見えるようになると、ギイはひどく疲れているみたいに見えた。
ぼくが黙っていると、ギイは少し微笑んだ。
「章三に聞いたよ。三洲はゼロ番に泊ってくれてる」
「ごめん……」
「謝るなよ、抱きしめられないんだから」
やさしいその声に、言葉に、胸の底が重くなった。
ギイがぼくに触れないのは、嫌悪症が出ていることを知っているからだろう。
でも、きっともう――ギイが知ったら、もうぼくに触れてはくれないかもしれない。
この優しい声を失ったら、ぼくは――
「ごめん……」
でもダメだ。話さなきゃ。
「……ギイ、もう。ぼくには、そんな価値ない」
「前にも言ったな、そんなこと」
「ちが、違うんだ…………ギイ」
ふと涙が落ちる。あ、と思ったときにはもう遅く、ぼくの目からはぽろぽろと涙が零れた。こんな時に卑怯だと思いながらも、どうしてもとまらなかった。
ギイはやさしく微笑んで、首を傾げる。
「どうしてさ」
「だ……って、……ギイ……に」
自分の愚かさを自分で説明しなければならないのは、つらい。
言葉にするごとに、胸が鈍い刃で圧されるようだ。
けれど……ギイは、ぼくなんかよりももっと不快だろう。
「ギイに、…………似てると、思ったんだ」
「それで?」
「え?」
ぼくは返す言葉を失って、ぼんやりとギイの眼をみつめた。
「オレに似てるから、好きになった?」
「ちが……!」
「判ってるよ、思っただけなんだろう? こないだ言ってたもんな」
「う…………ん」
「なんだ、そんなことくらい」
「そんなこと、……って」
だって、あんな……ぼくをあんな風に扱った人を――恐かった。恐かったんだ、判らなくて、敵わなくて――そんな人を、知らなかったとはいえ、ギイに似てるだなんて思ってしまったことが、ぼくは……自分で許せない。だって、ギイはそんな人じゃないのに。そんなことをするはずがないのに。だったら似ているはずがない。
自分が馬鹿なのは知ってはいたけれど、こんなに馬鹿だとは思わなかった。
誰でも、表面さえつくろわれていれば、ぼくは誰でもいいのかもしれない。誰でも、もしかしたら、ギイではなくても
「大丈夫だよ」
ギイはふわりと笑った。
「な、に……」
「お前は絶対間違えないから」
そう言ったギイの顔がゆっくりと近づいて、ぼくの目にそっとキスを落とす。
「ほら……もう、平気だろ?」
そのまま毛布の上からぼくをゆるく抱きしめ、ひたいをつきあわせて笑ってくれる。
「託生の体は正直だからな」
「……え?」
「あいつじゃ、いや他の誰でもダメだっただろう? こうして……触れなかったんだろう?」
ギイはぼくの頬をゆっくりと指でなぞり、涙の残るそこに優しくキスをくれる。
ぼくは心のどこかで自分を責める声が聞こえるのを感じつつ、そのあたたかいキスにまどろんでしまいそうになる。
「……ギイ、だめだよ」
やっとそう呟くと、ぼくの上から毛布がぱっとはぎ取られ、何もかもが吹き飛んだ。
「寒いっ!」
「寒いか」
ギイは嬉しそうにそう言って、ぼくの横に滑り込んでぎゅっとぼくを抱きしめた。
「毛布のかわり」
「……ギイ?」
ぼくが見上げるとギイはそっと微笑んで、ぼくの背中をあやすようにゆっくり叩きながら、話しはじめた。
「託生が自己表現がヘタなのも、言葉が足りないのも、オレがよく知ってる。
「託生が自分で自分のことが判ってないってことも、よく知ってる。
「そのかわりに身体がこんなに正直だってことも、な。
「だから、いいんだよ。
「託生が判っていなくても、オレが判ってるから。だから……それで、いいんだよ」
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