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sideA:

 売店に寄ろうと中途半端な時間に食堂に行くと、遅い朝食を摂っている学生がぽつぽつと居る中に葉山を見つけた。
「おそよう、葉山」
「あ、赤池くん。おはよう」
 味付のりをそのまま囓りながら、葉山はのんびりと返事をした。
「だから、ちっとも早くないぞ。また三洲に置いて行かれたんだろう」
「う……生徒会長様は、休日も朝が早いんです」
「葉山とは違ってな」
 葉山は口をとがらせて、それ以上反駁せずに味噌汁を啜った。
 いじめっぱなしでそのまま立ち去るのも多少申し訳ないので、僕は椅子をひいて隣りに陣取り、会話をつづけることにした。
「まあ葉山の寝坊は今にはじまったことじゃないけどな。でも、ギイなんかもうとっくに外出したんだぞ」
「あ、もう出たんだ? 大変だね」
「葉山、知ってたのか」
「ん? うん、まあ」
 ということは、ギイは出かける前に少しでも葉山に会えたのか。
 ここに来る途中で会ったギイの顔を思いだして、僕は人ごとながらほっとしていた。だって、ここのところ、この二人が碌に顔を合わせる機会もなかったことを知っていたから。
 逢瀬もままならないこの恋人達には、流石に同情を禁じ得ない。秋に入ってからと言うものの、行事の準備や進路指導やで、ただでさえ最上級生はばたばたと忙しいのだ。階段長ともなれば、その忙しさは常人の比ではない。せめて、少しでも会って、少し話すことのできる状態をつくってやりたい。ついそんな風に思ってしまうので、ここ最近の僕は僕らしくもなく、この二人に便宜を図ってやる機会が増えているのだ。
 そんなことをつらつら考えながら、葉山の食事を何となく眺めていると、背後から声が聞こえた。
「葉山先輩」
 振り向くと、そこには背の高い学生が立っていた。確か、二年だ。
「東くん」
「探しましたよ。今頃朝ご飯なんて、随分のんびりですね」
「う……悪かったね」
 葉山は僕の方をちらっと見て決まり悪そうな顔をして、僕は笑いを堪えるのに苦労した。
「えっと、ぼくを探してたって、何か用だった?」
「はい。俺今日当番に入ってるんですけど、昨日の担当って葉山先輩でしたよね? 申し送りの内容でちょっと伺いたいことがあって」
「あ、そうなんだ」
「今、この後でもいいですか? 待ってても?」
「いいよ、ごめんすぐに食べるから」
「いいですよ、ゆっくりで」
 どうやら葉山の後輩らしいその二年生は、屈託なく笑ってそう言うと、葉山の隣りの椅子に腰を下ろした。随分懐かれてるんだなと思って、そう言えば最近この顔をよく見かける気がするなと気づいたところで、当の本人が葉山越しにこちらに話しかけてきた。
「赤池先輩、ですよね?」
「うん?」
「二年の東です。葉山先輩の図書委員の後輩なんです。あ、文化祭実行委員でも後輩ですけど」
「それは……ご愁傷様で」
「ちょ、赤池くんひどい」
 怒っている葉山をちらりと見て僕に笑いかけると、東は再び葉山に視線を向けた。
「ところで葉山先輩、ちょっと立ち入ったことを聴いてもいいですか?」
「いいよ、何?」
 軽く頷いた葉山に、東も軽い調子で先をつづける。
「先輩、以前崎先輩とつきあってたって本当ですか?」
「へ?」
 あまりに唐突な問いかけに、葉山も、そして僕もすぐには言葉が出なかった。
「……や、何それ、つきあってなんかいないよ?」
 戸惑いながら答える葉山に、東は屈託も逡巡も見せずに、かるく首を傾げ変わらぬ調子で返す。
「そうなんですか? よく一緒にいらっしゃったし、すごく仲が良さそうだったから」
「それは、だって、去年は同室だったし、一緒に居ることが多かったから」
「それだけですか?」
「人間が二人居るのを見れば恋人同士、なんて、今時中学生でもそんな子どもっぽい発想しないぞ。それにこんな所でするべき話でもないんじゃないか?」
 我ながら意地の悪い言い方だと思いつつ、ついそんな口をはさむ。初対面の上級生としては大人げない行動だろうが、向こうも時と場を弁えない人間であるらしいから、この程度の嫌味は許されるだろう。しかし東は僕の冷ややかな言葉に萎縮することもなく、にっこりと微笑んだ
「そうですね。すみません、変な質問をしてしまって」
 どうやら一筋縄ではいかない奴らしいと思いかけたところで、この話題を打ち切りたかったのであろう葉山が丁度食事を終え、そそくさと立ち上がった。
 今の会話を反芻しながらぼんやりと葉山達を見送っていると、背後から声が聞こえた。
「何、赤池。葉山とられちゃったの?」
 声のする方に振り返ると、三洲が食事のトレイを手に立っていた。
「なんだ、もう昼か。随分早いな」
「いや、これが朝メシだよ。なんとなく腹すいてなかったし、急ぎのやり残しの仕事もあったし、起きてそのまま生徒会室行っちゃってさ。食べる暇なかったんだよ」
 そう言訳しながら、三洲は葉山の居た場所に腰を下ろした。
「飯はちゃんと食えよ。また倒れちゃ元も子もないぞ」
「ああ、気をつける。ところで」
 三洲は言葉を切って、お茶をひとくち飲んだ。
「あれ、今の。葉山と出てったの、二年の東?」
「三洲、知ってるのか」
「まあね。最近よく俺と葉山の愛の巣に邪魔しに来るんだよ、あの二年生」
 冗談めかした言葉よりも、もっと不穏なその含意の方が気になる。
「よく来るって、何しに?」
「さあ? 何か色々言ってるけれど、俺には口実にしか思えないようなことばかりだからな」
 皮肉っぽくそう言うと、三洲は味のりを一枚とってご飯に載せた。
「あいつ今、ギイとつきあってたのかって葉山にしつこく訊いてた」
「へえ」
 僕の言葉に、三洲は眉を片方上げて皮肉っぽく微笑んだ。
「季節はもう秋だというのに……何だか今更な質問だね、それは。一体『何が』知りたいんだろうね?」
「知らないよ……だけど、わざわざ僕の居るところであんな質問をして。葉山の反応だけじゃなくて、僕の反応まで見たかったんじゃないのか、あいつ」
「それって、チェック組B欄に新規追加ってこと?」
「……ちょっと待て。何だそのB欄って」
「崎関係はA欄で、葉山関係がB欄」
「欄を作るほど居るのか!? あんな……」
 怪しげな奴が、という後を飲み込む。
「まあそれはそれとして、赤池の見たところ、要チェックなわけ? あいつ」
「……僕の杞憂かもしれないし、そうだといいんだが」
 あっさりと話題の流れを戻した三洲は、僕の楽観的な観測に同意をくれないまま、黙って鮭の切り身をつついていた。
















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