裏コイモモ
裏コイモモ:トップページへ















「ここ、どうした?」
「え? あ……」
 ジーンズを脱がせて表れた脛に青い痣をみつけ、オレはふと首を傾げた。痣の周囲をそっと撫でると、託生はひくりと身体を震わせる。
「や、べつに」
「何だよ、オレには話せないようなことでもあったのか」
「ちがうよ、その……駅の階段で、転んでぶつけた」
「転んだ? ここの他にキズは? 怪我してたのか?」
「だいじょうぶ……ちょっと、恥ずかしかっただけ」
 そう返されて、オレはついその様子を想像してしまい、思わずふき出した。
「全く、色気がないなあ託生くんは」
「悪かったね」
「怒るなよ。痛かったか?」
「……かなり」
 むっとした顔の託生をなだめるように鼻先にちゅっとキスして、セーターを脱がせる。
 シャツとアンダーウェアのみでベッドに座らされた託生は、からかわれた腹いせか、少し恨みがましい目でオレを見あげた。
「寒いよ」
「すぐにあったかくなるさ」
「ギイがあっためてよ」
「仰せのままに」
 拗ねたように甘えるのが可愛くて、また頬にキスを贈る。
 オレは自分のシャツを脱いで、託生をベッドにおし倒しながらシャツの下に腕を差し入れて、素肌をゆっくりと辿り強く抱きしめた。
 啄むようなキスを繰り返しつつ、手のひらで味わうようにその身体をやわやわと辿っていく。腰をゆっくりと撫でてから、既に半分たちあがりかけていた託生のそれに下着越しに触れると、ちいさい声が洩れる。それを掬うようにキスをして、深くくちづけながら直接に触れてゆるゆるとしごくと、すぐに力を増してくる。手をやすめずに、首筋に唇を落としてきゅっと甘噛みすると、オレの手の中のそれも一緒にひくりとふるえた。
「……ん、」
「託生、今日は一段と……」
「言うなよ」
 感じやすい、と続けようとした言葉を飲み込んで、怒った顔を覗きこむ。
「でも、そうなんだろ?」
「ギイ」
「待ってたんだろ。オレのこと」
「ギイ……」
 その手をとってオレ自身に導いて、触れない前から成長しはじめているそこに触れさせて、ひるんでも逃がしはしない。
「や……」
 とまどうような潤んだ黒い眸を真面目な顔で迎えて、オレは真摯に言葉をつむぐ。
「オレだってずっと待ってた、お前を」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 




「あ、っ、……も、……やだ……っ、」
 雪に降り込められた家の中は静寂に満たされて、ただ託生のせつない声とオレのたてる水音だけが妙に大きく聞こえている。託生のそれを口に含み入念に舌で愛撫しつつ、その下の狭い部分には指をしのばせて丹念にくつろげる。
「だめ、……ギイだめ、待って…………もう、……っ」
 高くなっていく声に比例してどんどん堪え性がなくなっていく託生のそれから一旦口を離し、託生の内にもぐりこませた指でぐっと内部を擦るとひくりと腰がふるえ、そこからも透明な涙が零れ出る。その雫を舌でうけとめて、また全体を口に含んでぐっと力をいれると、託生の口からはほとんど涙交じりの哀願が洩れた。
「あ! ……あっ、だめっ、ギイ!」
「いいから、いけよ」
「やだ……、っ」
「託生」
「いやだ……して、よ。ギイので、して」
「……託生」
「いっしょに、いきたい」
 オレはそれに答えるいとまも惜しんで指を引き抜き、託生の脚を持ち上げてぐっとひらかせた。託生は乱暴な扱いに怒るでもなく、脚の間に身体をわりこませたオレに腕を差し伸べる。その手をとって、手のひらにキスをおくってオレの肩につかまらせ、ふとその腕から託生の肩へとつたうように視線を流すと、その先の情欲にゆらゆらと揺れる黒い眸と目があった。無言の目交ぜで諒解をとり、既に充分にほころんでいたそこにオレを押し当てて、余裕のかけらもなく性急に身体をつなげてしまうと、ただそれだけでオレの心は安堵につつまれる。今この瞬間だけ有効な保証はかえって不安で、けれどそんなことにも今は気付けない。
 身体も頭も託生でいっぱいで、託生のことしか感じられなくなって。
 もうどんな言葉も頭に浮かばない。
「……あったまったか?」
「え?」
 お前だって、そうだろう?
 互いが互いしか感じずにいる瞬間を、幻と判っていながら追い求める。そんな自分が可笑しくて憐れで、思わず関係のない、意味すらない言葉をつむいだオレに、託生は非難するでもなく感興をつぶやいた。
「ギイ、……なんか、余裕、だね」
「余裕なんてないさ」
 ぐっ、と託生の深い場所へ届かせて、ちいさな声をあげさせる。ちいさくふるえた内側が、託生がオレをしっかり感じていることを教えてくれる。ただそれだけを至上とする今のオレは、回路をひとつしか持たない壊れた機械のようだと思い、けれどその情態が例えようもないほど心地よい。
 託生がよくなる場所だけを意識して動き、並行して耳に首筋に飽きずキスをおくっていると、託生の手がオレの髪を軽くひいた。
「ん、う……ギイの、うそつき、」
「何が」
「や、あっ、……また……ぼく、ばっか、り」
 恨みがましい眸で睨まれて、オレは動きをとめて瞬いた。
「なんで、そんな、余裕なんだよ」
「え?」
「もっと、……すきなように、して、いいのに」
 上がった息の間からくれる足りない言葉と潤んだ眸から、託生の弱い場所ばかりを追うオレがどうやら至極冷静にうつっているらしいのだと気付き、確かにそう思われても仕方ないなと納得する。オレは我を忘れる瞬間にはいつも、自分の身体の欲求よりも託生のことしか考えられなくなっている。いつだってそうだ。普通は自分自身の快楽が先んじてしまうだろうと言われればそうだろうと思うし、確かにこんな生理現象は他の誰にも聞いたことがない。オレはもしかしたらどこかおかしいのかもしれない。
 また誤解を助長するだろうなと分かっていながらつい苦笑を見せて、オレはぎゅっと託生の身体を抱きしめた。
「馬鹿だな、託生」
「あ、」
 オレが今どんなにお前を感じているか、お前のことしか感じられなくなっているのか、本当にわからない?



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 




 何度目なのかはわからない頂を駆け上がり、溶け合うようにしてシーツの上に折り重なる。思考も感情もどこかに置いて来て、荒い息をついて酸素を取り入れるだけの機関になり果てている。
 オレはのろのろと託生の上から身体を起こし、その顔を覗き込んだ。
「託生……」
 返事をするのも億劫だというように視線だけをこちらによこした託生だって、もう指一本動かせないくらい疲れきっていることだろう。けれど目線で誘えば、その眸は決してオレを拒まない。重い身体を引き摺るようにして辿り着いた唇にしっとりとくちづければ、かすかな声も出なかったはずの唇は意外なほどに貪欲にオレを求めてきて、そうして結局深い深いキスになる。互いに引きどころを見逃しっぱなしのキスの合間に、ふたり分の汗にまみれた身体を探れば意外にもまだ反応を返してくれるので、オレはまた簡単に煽られてしまう。
 託生はもう疲れてるし、明日も早いし。もう充分に堪能したし――託生の身体のことを考えれば、充分なんて瞬間は永久に来ないんだって事実は忘れるべきなのに。オレは一体どこまで貪欲なんだろう。
「……託生、いいか?」
 結局堪えきれずに伺いをたてて覗き込めば、うるんだ黒い眸は、疲れの生んだ惰性を気だるげな欲情にうつし変えて、諾をかえす。
 それでもまだ躊躇うオレの良心に、のろのろと持ち上げられた腕でオレを抱き寄せる託生がふわりと微笑んで、最後の箍を外れさせる。すぐにその身体をかき抱いて、情欲だけは盛んに燃え上がりつつも、心のどこかで醒めた自分がクギをさす。
 判ってる。
 託生はオレを拒めない。
 オレが、そうしたんだから。


 何度もオレを受け入れた託生のそこは、最早何の抵抗もなく傲慢な侵入者を迎え、どころかやわやわと更に奥へと誘いかける。その誘いに乗るままに思うさま託生を追いつめて、けれど冷静に自分を諫める声を聴く。
 託生がオレを拒まないのは、オレを求めてやまないのは、オレがそうさせたからだ、と。
 春から部屋が離れて、思うように会えなくなって、託生は次第に自分からオレを求めるようになった。それは単に託生が積極的になっただとか、嗜好がかわっただとか、そういうことではないのだと思う。心と身体が不可分な託生には、言葉でも心でも足りないんだ。未だ残る託生の心の不安定さが、オレに抱かれて安心したいのだろうと思う。託生の愛情自体を疑うわけではないし、託生自身もおそらくそうとわかってのことではないのだろう。
 そこまで理解していながら託生をこうして意のままに抱くのは、瞬間の欲望を満たすための、そして決断を先延ばしするための、オレの姑息な手段でしかないのかもしれない。
 けれど、それでも。
「……愛しているんだ」
 呟いた言葉の意味は、託生に届くだろうか。
「愛している」
 最も深いところでつながった状態で、最早まともな思考を持たないであろう託生に、オレはこの上もなく真摯に言葉をつむぐ。
 お前が同じだけのものを返してくれなくても、もう構わない。
 お前の心と身体とをこうして縛ったオレの恋情に、それでも嘘だけはなかったのだと、それだけは信じてほしい。
 額の汗にまつわる髪をすいてやり、焦点のあやしい眸の上にくちづける。
「愛してる、託生」
 再びそっと落とした言葉に躊躇うようにゆらりとゆれた黒い眸が、しかしふと力をともす。
 ひそかに期待してしまう胸を叱咤しながら、もう一度キスをしようと身をかがめたところへ、濡れたままの唇がゆるりと開かれた。
「ぼく、も……」
「託生」
「ギイが、すき、だよ」
「託生……、」
 そのちいさな一言に、つい声が震える。それを聞き取ってか、託生はふわりと微笑んだ。
「ギイ……、……すき、あ」
 再び言いかけたその言葉を唇でふさいで、深く深くくちづける。たった一言の単純な、そして純化されきったその言葉が、ただそれだけでオレに希望をくれる。この希有な魔法の言葉が、なんとかして失われないように。消えないように。このキスで、捉えることが出来るだろうか。
 出来ればいいのに。
 身体中で互いを感じながらの果てに託生は小さく呻きをあげ、そうしてそのまま気を失った。























10

せりふ Like
!



裏コイモモ
裏コイモモ:トップページへ