裏コイモモ
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 ベッドの上でブランケットにくるまっている葉山を見下ろして、三洲は眉間に皺を寄せ少し目を眇めた。
 新しい同室者は、バカだった。知っていたことだけれど。
 そのバカはどうやら朝からここでこのままこうしていたらしい。といっても今日は授業もない日なので、始業式のみで解放された片倉や赤池や、その他の友人が午後には何人も訪れて、葉山もそれになんとか微笑んで対応していたのを同室者の三洲も知っている。入れ替わり立ち代りで見舞い客が引きもきらずという状況に、三洲は顔には柔和な微笑みを張り付かせつつ、ひそかにうんざりしていた。病人には悪いが単管に人の多さが煩わしい、という気持ちも勿論あった。三洲はあまり他人と交流することが好きな方ではない。
 けれどもっと問題なのは、殆どの人間は葉山の欠席がただの病欠ではないのを知らないで来ているということの方だった。心配そうに葉山をなぐさめ、楽観的に励ます言葉の一つ一つが、三洲には価値の判らない・有難いのであろう念仏のように耳を通り過ぎていく。おそらく三洲だけが、今の葉山には友人の見舞いすらも却って重荷なのだということを知っている。
 そうして夕方になってやっと全員を追い返し、三洲は部屋を後にした。一応来客中は見張りをしていたつもりだったのだ。その間滞っていたあれこれの用事を済ませて戻ってみれば、やはり疲れたのだろう葉山はこうして頭までブランケットに隠して丸くなっている。起きているのならばドアの開閉で三洲の帰室に気づいただろうに、いまだぴくりとも動かない。
 三洲は食堂から持ってきたトレイを手に持ったまま、ブランケットの塊に声を掛けた。
「葉山、起きてる?」
 返答はなかったが、念のため先を続ける。
「食事、持ってきたから。食べられるなら、食べて」
「え?」
 三洲の言葉に葉山はブランケットを跳ね除けて起き上がり、そのことは三洲の感情の表面に不快な針をちりりと刺した。
 起きているのなら、返事くらいしろ。
 そんな三洲の内心には気づかぬようで、葉山は動揺を満面に貼り付けて目を泳がせた。
「そんな、よかったのに」
「何で?」
 平然と聞き返す三洲に、葉山は少し上目遣いでおずおずと口を開いた。
「だって、その、べつに体調……が悪いわけじゃ、ないし」
 瀬踏みのつもりか、と三洲はまた少し不快になった。
 葉山の本当の欠席理由については、互いに口に出して確認したわけではない。三洲がその理由に気づいているということも、葉山にはまだ告げていない。だが葉山はおそらく三洲が気づいているということに気づいており、そのことをやはり三洲には言ってきてはいない。
 相手は病人だ一応、と心の中で唱えて、三洲は譲歩することにした。
「知ってる。人が多いところにわざわざ出向くことはないだろ。会いたくない奴に会っちゃうかもしれないし」
「三洲くん」
 やっぱり気づいてたんだね、といいたげな目に、一応釘をさしておくことにした。
「俺には話してほしかったね。言っただろ、お互い隠し事はナシ、ってね」
「ごめんね、……ありがとう、いろいろ」
「ああ、いいよ。少なくとも、嫌悪症の再発に関しては葉山のせいじゃない……悪いのはどこかのバカな階段長だろ」
 つい口を滑った皮肉にも、葉山は曖昧に微笑んだ。
 三洲は少しばかり自分の失言を反省し、努めて優しい声を掛ける。
「それに、困ったときはお互い助け合うのも、ルームメイトの鉄則だろ? 誰にも言えないことなら尚更、俺に頼れよ」
 話しながら準備したタオルとトレイをベッドに置いて渡す。手渡しは厳禁だ。
 葉山に触れないようにベッドの端に腰を掛けて、三洲はにっこり微笑んだ。葉山もやっと表情を少し明るくして微笑んだ。
「ありがとう、三洲くん。でもお互いって言っても、ぼくが助けられるばっかりに、なっちゃいそう。早速こんなに迷惑かけてるし」
 判ってるじゃないか。
 三洲は心のなかで皮肉を言って、顔だけはまた穏やかに微笑んでみせる。
 当然、そのつもりだ。そしてそれでいいのだと思っている。葉山に自分のために何かしてもらおうなどということは、三洲は端から期待していない。三洲はそんなことを望んではいなかった。







■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■







 三洲は崎義一が嫌いだ。
 なぜ自分が崎を嫌っているのか――三洲自身にもその理由は判然としない。三洲の尊敬していたある先輩が崎を好きだった、ということがきっかけの一つのような気もするのだが、それだけでもないような気もする。何しろ何がイヤ、とかどこがキライ、とかはっきりと三洲自身も説明出来ない。だから何か明確な理由があって嫌っているというよりも、生理的・感情的な苦手意識を持っているということなのかもしれない。尤も、三洲が人を嫌いになる時には大抵理由なんて存在しなかった。しかしさして他人に興味を持つことのない三洲であれば、まして嫌いな人間について深く考えることなどないので、そこまで自分の感情について考えたことがなかったのである。だから、三洲はそうした自分の理不尽さに気づいていなかった。その意味では、崎は三洲にとってある意味特別な存在だと言えるのかもしれない。

 葉山託生に興味を持ったのは、その崎が葉山をやたらと構うからだった。人間嫌い・接触嫌悪症の葉山託生にかかっては崎義一も十把一絡げの存在らしく、ことある毎に親切心を起こしては無視されている崎を見るのは痛快だった。正直、それくらいの認識しか持ってはいなかった。崎は勿論のこととして、葉山が困っていようと辛い思いをしていようと、だからどうしてやろうという気にもなりはしなかった。
 だが年度が替わり二人が同室になって、その関係に変化が起きたようだと気づくと、自分でも不可解なほどに三洲は動揺した。やがてどうやら崎の気持ちはとうに友情を越えていて、葉山の方もそれを受け入れてしまったらしい、と気づいたときには、最初から嫌いだった崎はともかくとして、葉山にも呆れ・失望し・不愉快になった。葉山が辛い思いをしていることを知りながら何も行動を起こさなかった自分のことは棚にあげ、また八つ当たりだと判りながらも、崎を受け入れて笑顔の増えた葉山にムカムカと腹を立てた。

 しかしやがて三洲の方でも、葉山を観察しているどころではなくなった。何しろ、突然三洲の目の前に現われた不可解なアレ――見栄えがして・ガッツがあって、素直で・真面目で・律儀な性格で、だのに頭がわるくて、アラタさん好きです、とか無防備に言ってしまうかわいそうなアレ、が三洲にまとわりつくようになって、それまで以上に自分のことで手一杯になった。怒濤の展開に今でも思い返すだに苦々しい後手後手の対処をして、ようやく一段落した頃には、崎と葉山の関係も少しは落着いて見ることが出来るようになっていた。
 そうして冷えた頭で葉山を見てみれば、何も腹を立てるようなことはないどころか、むしろこうなってよかったのだとさえ思えた。葉山の横でそれまで以上に活力を増したような崎は不快だったが、友人も増えて色々な表情をするようになった葉山を見ているのは、三洲にとっては何故かワクワクする体験だった。もしかしたら、崎に押し負けしたのだろう葉山に、アレ、に押し切られた三洲自身を重ねて見ていたのかもしれない。葉山は三洲にとって、何とも形容できない興味の対象になっていった。

 だからだろうか、昨年の秋――文化祭の折だ、真行寺と密会していた三洲は、葉山がそれを見ているのを知って、ついからかいたくなった。また年度が替わり、自分の宣言通りに寮の同室になったと知ったときには心の中で快哉を叫んだ。そして昨日の入寮日には、荷物整理の名目で真行寺を呼んで葉山に再度きちんと引き合わせた。三洲が三洲でなければ、「これ、俺の彼氏」とか言っていそうな状況である。何しろ折角葉山と同室になったのだ、三洲は葉山との間に隠し事は持ちたくなかった。自分のことを晒すのは勿論、葉山の側からも三洲に何でも話して欲しかった。だが今でも引っ込み思案な葉山が自分から歩み寄ってくるということは考えられなかったので、三洲の方から真行寺という究極のカードをあっさり切って見せたのだ。
 こんなことは、三洲にとっては前代未聞のことである。
 去年もその前の年も、同室者には真行寺との関係どころか自分の感情思考といったものはなるべく見せないように付き合ってきた。生徒会の仲間やクラスメイトについても、当然同様だ。彼等が嫌いだとかいうのではなく、単に面倒なだけだった。それを不満に思う者が沢山居るのは知っていた。特に長い時間を一緒に過ごす同室者や生徒会の副会長は、三洲ともっと懇意になりたいらしかった。だが一旦自分の内面を隠してしまうと、そうして隠していたことが露呈した時は更に面倒なことになるのが予想されて、結局最後まで自分を表には出さないように隠し通してしまうのである。今でもそれは変わらない。

 そんな三洲だったから、葉山に自身のアキレスのかかとを示したことは、三洲にしてみれば未だかつてないような大盤振る舞いだった。だが三洲は、自分のこうした行動がかつてないものであるということに気づいてはいない。三洲自身はただ、同性の恋人が居る葉山なら三洲の行いも見ないフリをしてくれるだろう、という程度の考えしか持ってはいなかった。真行寺とこっそり密会するのにかかる手間もそろそろ煩わしくなってきていたところだったのだ。それに、葉山ならば三洲と真行寺の関係についてべらべらと外で喋ったりしないだろうという確信もあった。葉山がそんな奴なら、昨年の文化祭の後に既に噂が広まっているはずだから。だが三洲は、自分がそうまで葉山を信頼しているのだということは意識すらしていないし、自分がそのような信頼を他者に置くのがめったにない状態だということにも気づいてはいない。そうすることで自分は葉山と友人になりたいのか・ただ利用したいだけなのか・はたまた他の何らかの意図を持っているのかということも、考えてもみない。

 いずれにせよ、そうして三洲が無理矢理に葉山に近づいた折に、葉山の接触嫌悪症が再発した。原因は勿論三洲の嫌いなあのバカだ。葉山が変わった要因はあのバカなのだから、葉山が元に戻った原因もあのバカなのだ。三洲は以前葉山が変化したときと同じくらい腹が立った。バカに腹を立てたのは勿論だが、あのバカのバカな振る舞いに傷つき・落ち込み・ショックを受けるなんて、葉山もバカだとしか思えなかった。
 だが、仕方ない。そもそもあのバカに押し切られてムニャムニャ、な関係、になってしまった時から、葉山がバカだということはよく判っていたことだ。一方、アレに根負けした自分も、きっと葉山と同じくらいにはバカなのだろうと思う。バカ同士ということなら、親近感も沸いてくる。
 そんなバカのよしみでもあるし、今後は同室者となった自分が葉山をフォローしてやらねばなるまい、と三洲は決心していた。







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 どうにも箸が進まないらしい葉山が食事をなんとか済ませると、三洲は食器を片付けに食堂へ向かい、ついでにパックのミルクを購入して給湯室でホットミルクをつくった。三洲はあまりミルクが好きではないし、葉山が好きかどうかもまだ判らない。けれど、なんとなくこういう時にはミルクを温めるのが適切な気がしたのだった。少し驚いたようにそれを見ていた八津宏海が、はちみつがあるけど入れるかい、と遠慮がちに聞いてきたので、ありがたく好意に甘えることにした。誰のためのホットミルクなのか、などといった下らない詮索もせずに親切にしてくれる八津はいい奴だ――決してだじゃれではなく、と三洲は思った。尤も、葉山がホットミルクにはちみつを入れるのが好きかどうかも、まだ判らない。だが、こういう時につくるホットミルクには、はちみつを入れた方がより良いような気がした。
 八津の部屋によってはちみつを一さじ貰い、ほかほかのマグカップを片手に部屋へ戻ろうとしていると、背後から呼び止める声が聞こえた。
「あ、三洲、いいところに。今そっちに行こうと思ってたんだ」
 振り返れば、相棒の副会長だった。早く部屋へ戻りたい三洲は、面倒だと思いつつもそんな内面はおくびにも出さずに柔和に微笑んだ。
「やあ大路、何か急用?」
「いや、急ぎでもないんだけど、資料の準備の相談をしようと思って」
「ああ、明後日の会議の。悪いけれど、明日でもいいかな。同室者が体調を崩してて、早めに戻りたいんだ」
 申し訳なさそうな素振りでよどみなく即答すると、大路は却って恐縮したらしかった。
「そ、そうか、じゃ、明日にでも出直すよ」
 三洲は我が意を得たりと、改めて謝罪を付け加える。
「済まないね」
「い、いいよ、仕方ないよ。三洲は、優しいからなあ……」
 大路はなぜか赤くなって照れている。はた、と三洲の手にしたマグカップの存在に気づいた大路はあわてて会話を打ち切ろうとした。
「じゃ、じゃあ、また明日に」
「ああ、宜しく。あと申し訳ないけれど、資料の雛形を作っておいてもらえるかな。時間があったらでいいんだけど」
「あ、ああ、暇だからやっておくよ。任せてくれ」
 お礼代わりに柔らかく微笑んでやると、大路はますます赤くなって帰っていった。
 何とも不可思議なことだ、と全てが故意の三洲は嘆息して、葉山の待つ270番へと歩みを再開した。

 部屋に戻ると、葉山はヘッドボードに背もたれたまま、ぼんやりと壁を見つめていた。
 あまりに無表情なその顔に三洲は少しドキリとして、少し離れた場所からそっと声をかける。
「葉山? どうかした?」
「……あ、ごめん。ぼーっとしてた」
 三洲はそれ以上訊ねずに、黙ってベッドサイドのチェストにマグカップを置いた。
「なに?」
「ホットミルク。好きかどうかわからないけど、よかったら」
「……ありがとう、三洲くん」
 葉山はそっと微笑んで、大人しくマグカップを手にするとふう、と息を吹きかけた。
 さては葉山、猫舌だな。
 三洲はそんなどうでもいいことを確認しつつ、自分のベッドに座って見慣れた部屋の中をつくづくと眺めた。
 見慣れた部屋、二年目の部屋。
 葉山がここに来てまだ二日、葉山の色が薄い部屋だ。葉山は一体、何が好きで・どんな服を着て・どんな音楽を聴いて・どんな本を読み・暇な時間には何をするのか。三洲はまだ何も知らない。ホットミルクが好きかどうかも未だに判らない。特に好きではなくても、三洲の好意だと思って受け取る、葉山はそういう奴だと思う。面倒なことだ。そんなことをつらつら考えつつ、三洲は自分が同室者にこんなに興味を持つなど初めてのことなのだとは、みじんも気づいてはいない。
 そうしてしばらくの間葉山がホットミルクをゆっくり飲んで、三洲はそれを気配だけで感じながら漫然としていたのだが、不意に違和感を感じた三洲が振り向くと、極度に潤んだ葉山の目からがハラリと落ちた。
 それを目の当たりにした三洲は、激しくショックを受けた。
 我慢の糸が切れてとまらなくなったのか、葉山の目からはぽたぽたと透明な涙が落ちてはブランケットやシャツに染みをつくっていく。染みの数が増えるにつれて、三洲は全身からどっと汗が噴き出す思いがした。
 何。何なんだ、それは。バカじゃないのか、高校三年にもなって。いい年をして臆面もなく涙を流すなんて、恥ずかしい。それにホモの痴話喧嘩で泣く男だなんて、あまりに滑稽だ。最早笑えない。いやそんなことはどうでもいい、葉山は悪くないじゃないか。そもそも泣く前に、あのバカに文句の一つでも言ってやればいいだろうが。それより泣くほどつらいなら、無理して笑うな。笑ってるな。バカ。俺には何でも言えと言っただろうが。全然判ってないじゃないか。
 怒り・動揺・困惑の入り交じった理不尽な感情をどこに向かわせればいいのか皆目見当がつかなくて、三洲は無茶苦茶なことばかり考えた。きらきらと零れる葉山の涙が、三洲の目にはただの水とは思われないほどうつくしく映って、この世のものとは思えない。とてもではないが三洲などの手が触れて良いものではない気がする。葉山の嫌悪症のことも頭から吹き飛んでいるのに、あれには触れられないどうしよう、と焦りながら三洲は染みが広がっていくのを見守っていた。
 すん、と鼻をならして目元を手の甲でぬぐった葉山の動作にはっと正気を取り戻し、ええいまだ泣いているつくづくバカな奴だと殆ど舌打ちしそうになりながら、三洲はチェストから新しいタオルを取り出すと無造作に放ってやった。
 葉山もまたそれに正気を取り戻したようで、俯きながらタオルをとって、謝罪を口にした。
「ご、ごめん!」
「いいよ、気にするなよ」
 三洲はそう言いながら、葉山がタオルで涙をぬぐい、そのまま顔をうずめて頼りない肩を震わせるのをじっと見守った。
「……泣いていいから、葉山。俺、出ていた方がいい?」
 少し躊躇いつつそう声を掛けた三洲に、葉山は顔をタオルにうずめたまま首を横に振って返事をした。震える肩を見守っていると、タオルの脇から堪えきれない嗚咽が漏れた。
 三洲は葉山のその声に、二度目のショックを受けた。これまでに誰からも聞いたこともないような、あまりに切ない声だと思った。三洲はこんな声で泣く人を他に知らない。こんな葉山は知らない。葉山が葉山でなくなってしまうような気がして、そもそも葉山って何だっけ、と益体もないことを考える。自分の思考回路の役立たずさにまた動揺するという悪循環で最早何も考えられなくなり、泣き続ける葉山におろおろと手を伸ばしてひっこめた。そうだ、触れられないのだ。三洲は再び激しい怒りを覚えた。
 葉山をフォローしてやると思ったのに。助けてやろうと思ったのに、何も出来ないじゃないか。俺がしたのは食事をさせて、ミルクをあたためるくらい。結局俺に出来るのはそのくらいで、それすらも役に立ったのかどうか定かではない。他に。他に何か。俺に何が。俺は。何でもしてやるのに。俺に言えばいいのに。バカ。何でもするのに、何も出来ない。葉山にはそれじゃダメなんだ。俺じゃダメなのか。そんなに崎が好きかよ。
 心の中で浮かべたその言葉に、三洲は自分で仰天した。
 すき? なんだ、それ。葉山が、崎を? 好き。うわあ。まさかだろ。だってそれじゃあ、俺は、だったら俺、真行××××××
 何やら恐ろしいことを考えそうになった三洲は頭をふり打ち消した。葉山の嗚咽が治まりかけたことにふと気づいて、新しいタオルを取り出す。
「先に言っておくけど、葉山が謝ることはひとつもないからな。泣くだけ泣いたら、風呂に入れ。お湯入れておくから」
 そう言ってタオルをベッドに置いてやると、葉山は相変わらず顔を伏せたままで懸命に頷きながらそれを受け取った。
 三洲は腹に力を込めて葉山から目を逸らし、何とか立ち上がってバスルームへ向かう。いまだに続く動揺で足がもつれまろびそうになったが、転んでいる場合ではない。
 やっとたどり着いたバスルームでコックをひねって勢いよくお湯を放出させ、バスタブに手を掛けたまま息をついた。
 まだ時間は早いけれど、もう寝かせてしまおう。自分ももう眠りたい。眠れるかどうかは判らないが。
 三洲は自分の胸に手をやって、また震える息をついた。先ほどから肺だか心臓だかのあたりが何だかしくしくしている。丁度空腹時に胃が痛むような感じの違和感が胸のあたりにあって、気分がよくない。
 葉山の調子が悪いこんな時に、自分まで体調を崩しては更に面倒だ。三洲は大きく嘆息すると立ち上がり、就寝準備をしようと部屋へ戻った。

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