やっと会えた、――そう思った
Prologue
文字通りのまさしく春の嵐が吹きぬける、そのただ中を逸る心を抑えることもできずに速足で行過ぎる。強風にみだされた髪は無遠慮に視界を邪魔するし、山中の気候のために花期が遅い桜木の、やっと五部咲きほどに達したばかりの花ははや散らされてしまうし、けれどそれはこの勇んで仕方のない気持ちを後押しする風だ。煩げに顔をしかめたり悪態をついたりしている周囲のやつらに一瞥だって呉れてやらない。必ずこの歩みの先に「彼」が居る――そう考えるだけで、オレの瞳は揺らぐことなく前を見つめ続けていられる。
校門までの桜並木を次々と新入生達を追い越しながら歩き、思っていたよりもずっと早くに見つけた。
彼だ。
淡い色の花弁が舞い吹雪く中を彼は歩いていた。髪にまといつく桜に右手を遣ってふるふると頭を振り、瞬間横顔が見える。体中がざわついた。あの頃よりも大人びた表情、重そうなバッグに左手をとられて、疲れたのだろうか右側に持ち替える、弾みでかふと横手の桜を見上げて、…少し微笑んだようだった。
彼は変わってなんかいない、瞬時にそう思った。不安がなかったわけではない、だがそれと同じくらいに信じていた。いや、信じたかったのかもしれない。彼は変わらない――もしそれを脅かそうとする状況が顕われるのなら。彼が彼であるためにはオレは何だってするだろう。ずっとそう思っていたし、今でもそう思ってる。そう、その微笑みを守るためなら何だってする。
ふっと表情が消え、ゆっくりと前に向き直る懐かしい横顔が名残惜しく、オレはまばたきも出来ずに見つめていた。柔らかな輪郭も、桜がまつわる白い頬も、その上を行き過ぎる風にそよぐ髪も、和らぐ黒い瞳も、軽く開かれた唇も、その唇から零れる吐息も
オレはこの光景を絶対に忘れないだろう。
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なにやらSSは久しぶりでした。この部分は以前から出来ていたのですが、全体構成が決まっていなかったのでしまってありました。そして、プロローグなので、短くてすみません。続きます(我ながら怖い…。これの次の次のお話は書いてあるのですが、これの次のお話はまだプロットが出来てません…。しかしなんとか今年中には完結させたいものです。
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