恋は桃色
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 すれ違う人の流れの中で、ぽつんと立ちすくんでいる小さな女の子の姿に、ぼくはつい足を止めた。
 少し離れた場所から見ていると、女の子はきょろきょろと周りを見回して、不安そうな表情だ。
 ぼくは、同じ方向を見つめているギイを見上げた。
「迷子かな」
「みたいだな」
「どうしよう、ギイ」
 ぼくがそう言うと、ギイはぼくをじっとみつめて微笑んだ。
「託生って、人見知りのくせにおせっかいなんだよなあ」
「なにそれ、随分だね」
「褒めてるんだぞ」
「そうは思えないけど」
 そうこうしているうちに、くだんの女の子はべそをかき出し、ぼくはあわててその傍らへ駆け寄って顔を覗きこんだ。
「どうしたの? まいご?」
「う……、ひっく」
「お名前は?」
 あさみ、と名乗るその女の子は、とまどうようにギイとぼくとを見比べた。
「泣かなくていいぞ、お母さんお父さんのとこまで連れてってやるからな」
 ギイがにっこり笑ってそう言うと、あさみちゃんの涙はぴたりと止まったようで、かわりに頬がちょっぴり赤くなった。
 ギイの笑顔は、こんなちいさな子にも効果抜群、らしい。
 妙なことに感心していたぼくがふと気がつくと、あさみちゃんはじっとぼくの抱えているくまのぬいぐるみを見詰めていた。
「これ、欲しい?」
「う……」
 ためらいがちに頷くあさみちゃんに、ぼくはにっこり笑ってくまを渡した。
「じゃ、あげる。だから泣かないで、一緒にお母さん達を探そう」
「ありがとう、でもね、」
「うん?」
「お母さんじゃ、ないの。お兄ちゃんなの」
 そう言ってぼくを見上げるあさみちゃんの言葉に、ギイとぼくは顔を見合わせた。
 その時、背後から大きな声が聞こえた。
「麻実!」
「あ、お兄ちゃん!」
「馬鹿、ちゃんと手をつないでろって、言っただろう!」
 そう怒りながら駈け寄ってきたのは、ぼく達と同じ年くらいの男子だった。
 あさみちゃんの頭をかるく小突いて、安心したように微笑んだその人は、ふとぼくの顔を見てけげんな顔をした。
「葉山……?」
「え?」
「葉山、託生?」
「あ、はい」
「……あ、俺……三中の……」
「あ……えっと、ごめん、誰だっけ」
「……棚橋、二年とき、同じクラスだった……」
「あ……あー」
 どうしよう、全然思い出せない。
 困っていると、棚橋くん、という名らしきその同級生は、笑って話を変えてくれた。
「や、あんま話したことなかったもんな、ていうか葉山、なんか感じ変わったな」
「そ、そう、かな」
「うん。元気そうでよかった」
 それからあさみちゃんと熊のお礼を言ってもらって、やっとぼくは振り返り、少し離れたところでずっとこちらを見ていたらしいギイの元に駈け寄った。
「ギイ、ごめんね」
 ほったらかしにして、拗ねてしまったのではなかろうか、と、ぼくはおそるおそる謝った。
 案の定、ギイはむっつりとぼくをみつめて、低い声で言った。
「同級生?」
「うん、……みたい」
「そっか……よかったのか?」
「え?」
「久しぶりなんだろ? オレのことは気にしないでいいから、もっと喋ってくればよかったのに」
 意外といえば意外、な、ギイの言葉に、ぼくは戸惑いつつ手を振った。
「や、いいんだ、覚えていてもらって、うれしかったから、それだけで」
「だったら、尚更」
「でも、……ぼくの方は向こうのこと、全然忘れてたし」
「……託生は、記憶力がないからなあ」
「う……」
 流石に、今の状況では否定できません。
 返す言葉のないぼくに、ギイは苦笑しながら手を差し伸べた。
「なら、しょうがないな。じゃ、行くか」
「……うん!」
 その手をとって、……あれ?
「だから、知り合いがいるんだから、手をつないじゃだめなんだったら!」
「あー、気づいたか……」






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