恋は桃色
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「COLORED」






 冬休みだなんて学校行事は、全くもって下らない。
 冬のニューヨークなんて、祠堂以上に寒いっていうのに。
 サブウェイの駅から地上に上がったオレを出迎えたのは雪交じりの冷たい風で、雪の舞い落ちる空を見上げて思わず息をついた。吐息が真っ白くわだかまって宙へ浮かぶ、その行方を目で追いながら車道の先へと視線をやると、向こうの角から見慣れた銀の車体が走ってくるのが見えた。ゆっくりと道路脇まで歩み寄ると、そのプリウスはオレの立った丁度横に滑るように停車する。助手席に乗り込んでシートベルトを締めると、すぐに音もなく車体が動き出した。
「遅くなってすみません義一さん、寒い中でお待たせしてしまいましたか?」
「いや、丁度来たところだった。迎えサンキュな」
「いえ」
 島岡は言葉少なにナビに目をやって、渋滞を避けるためにだろう、スクランブル手前の角を曲がった。カフェやフローリストがごちゃごちゃと立ち並ぶ路地をしばらく進み、少し広い通りに合流したところでやっと助手席のオレに視線を寄越した。
「研究所にはご一緒できず、申し訳ありませんでした」
「島岡も来られればよかったのにな。なんだか非実用的な研究ばっかりで面白かったぞ」
「ええ、残念でした。例の変異種のカリフラワーはご覧になりましたか?」
「ああ、ピンクの。かわいかった」
 オレは先ほど目にしたばかりの、奇妙な、それでいて可愛らしい花のことを思い出して、ふと微笑んだ。見慣れた野菜の見慣れない異様は少し可笑しかったが、花だと思えば独特の愛嬌があるように思えてきて不思議だった。窓外をちらちら舞う雪をぼんやり眺めながらオレはふと、あれを彼に見せてやりたい、と思った。
 綺麗なものを見る、変わったものに出会う、なにかに心動かされるたびに彼を思い出すというのは、小さい頃からオレの身にしみついた習い性だ。そうしてそう言えば、ピンクという色彩は彼の周辺に見たことがないな、と思い、もしかしたらあまり好きな色ではないのかもしれない、とも思う。けれど明るいその色もまたきっと似合うことだろうと思って、気ままな想像をめぐらせてそれを勝手に確信する。そしてそのピンクの色を持った、あの不思議に可愛らしい植物を見せてやったら、一体どんな顔をするだろうとまた考える。驚くだろうか、戸惑うだろうか、……笑ってくれるだろうか。いろいろな反応を想像する。想像の中の彼は、昔のあの笑顔を惜しみなくオレにくれた彼と、今の笑わない彼と、一体どちらなのだろうなんてくだらないことは考えないで――
「ギイ」
 呼び声に思考を中断されて顔を上げると、島岡は前方の道路を見つめたまま口を開いた。
「このまま自宅に戻ってよろしかったんですか」
「ん……あ、いや、待ってくれ。買い物がしたいんだ。絵利子のクリスマスプレゼントが日本で調達できなかったから、買って帰らないと」
「はい?」
 そこで車は丁度交差点に差し掛かり、島岡は言葉を切ってとみこうみした。そして前に向き直る前にちらりとオレの顔を見て、言葉を続ける。
「クリスマスプレゼント?」
「ああ、あいつ注文が煩いからさ」
 車を再発進させると、島岡はやや躊躇いがちに口を開いた。
「日本から持ち帰られたクリスマスプレゼントは、絵利子さんへではなかったんですね」
「え?」
 少し考えてから、島岡が言っているのはオレが日本から持ち帰ったコートのことだとやっと理解した。
 銀座でそのコートを見た瞬間、オレはまず美しいと思った。綺麗なフォルムに温かく触り心地のよさそうな生地、造形美と機能美を兼ね備えたその品はとても好ましく、しかし真冬のニューヨークでもトレンチで過ごせるオレには無用の長物だった。そしてそんな風に自分には無用の、けれど気に入る品を見つけた際に、彼にこれを贈ったならなどと夢想してしまうのも、これまたやはりオレの習い性なのだった。殊に祠堂で再会してからは、そんなことを考える頻度が増えた。
 その時もオレはウインドウの中の濃いブルーのコートを眺めながら、やはり彼を思い出していた。彼は寒さが苦手らしいのだけれど、今目の前に展示されているコートならば、必ずやしっかりと寒さから彼を守ってくれることだろう。それになにより、ネイビーブルーの清廉な印象は、彼に似合いそうな気がした。しっかりとした濃いブルーは、彼の潔さをたたえた眸を彩って、きっと映えることだろう。
 数分後、支払いを済ませてきれいに包装されたコートを手にしていたのは、けれど今までにない展開であり、我ながら度を越していると思って少し途方に暮れた。つい、とは言えここまで行動を起こしてしまったのは、やはり祠堂で彼本人と再会したせいなのだろうか。手にした紙袋がやけに重たかった――その重みを思い出し、オレは溜め息をついた。
 きっとオレは、あれを彼に贈ることは出来ないだろう。けれど、捨ててしまうこともきっとできないに違いない。
 オレの心の中にある部屋には、彼にやりたいものが、告げたい言葉が、こうしてどんどんと溜められていくのだろう。
 渡せるあてもないプレゼントで、伝えられるはずもない言葉で、自分の中の部屋を埋めていくこれからの自分を想像すると、ひどく寒々しくなった。
 ピンクのカリフラワーが、ブルーのコートが、たくさんの告げられない言葉達が。
 すべてが色を失って、そうして褪せた部屋に飽きることなくたくさんのものが積み重ねられていくとしたら、一体オレはどこまで耐えられるだろうか。







「カリフラワーに花が咲きはじめたんだよ」
 評議委員会に午後一杯かかり、やっと部屋に戻れたオレを出迎えて、託生は少し誇らしそうにそう言った。
 オレの目の前に立った託生の目線は心持ち上目遣いで、この半年ほどで随分身長差が開いたことを再確認させられた。託生はそのことを不服に思っているらしいが、オレにとっては喜ばしいことだった。なにしろこうしてきらきら光る黒い眸を覗き込むように見ることが出来て、さらには少し腕を伸ばせばすぐに託生を胸に抱きとめることが出来るのだ、こんな風に――と思ったところで、目の前の託生は少し首を傾げてみせた。その怪訝そうな表情にふと、いい加減見慣れたはずのその笑顔に自分がつい見惚れてしまっていたことに気付いた。
「それは、よかった。で、どうだった?」
「え?」
 手にしたままだったテキスト類を自分の机に置くふりで、さりげなく託生の視線を逃れて、何気ないフリでまた振り返る。まだ首を傾げる託生に苦笑を送って、言葉を足す。
「ピンクのカリフラワーのご感想は?」
「あ、うん。まだちらほら、なんだけどね。ちいさくてふわふわして、可愛い感じ」
「そっか。ちゃんと面倒見てくれて、ありがとうな」
「や、あんまりちゃんと、は、見てなかった、かも……だから花が咲いて、よかった」
 カリフラワー消失事件のことを思い出してか、少し慌てたようにそう補足して、託生は照れたように笑った。あの時の託生のあわてぶりを思い出し、オレも笑ってしまった。
「それで、カリフラワー、好きになれそうか?」
「えーと、それはどうかなあ……あ、あれ、そのノート」
「こら、ごまかすな」
「だって、まだ使ってたんだね、それ」
「うん? ああ、これか」
 オレは机の上にのせたノートを手にとって、ばらばらと開いた。
「これは二冊目なんだ」
「二冊目!? ……そんなに気に入ったのかい、それ」
「案外、使いやすくてな」
 驚く託生に淡泊に頷いてみせたけれど、オレも内心では苦笑していた。
 なにしろプラ素材の表紙の色は、景気のいいオペラピンクだ。こんな派手なピンクのノートは、男子高校生にはあまり似合わないだろうとわかっている。だが初めて二人で下山した時に、雑貨屋で託生が手に取ったこのノートは、なぜかきらきらとオレの目をひいて離さなかった。ただのノートなのに、託生の手にあるというだけで、それは特別なノートになったのだ。
 託生はノートとオレの顔とを交互にみつめたかと思うと、はあとため息をついた。
「まあ、いいけどね、ギイなら」
「なんだそれ」
「別に……なんでも似合うからいいよね、ギイって」
 軽く肩をすくめて投げやりに言ったかと思うと、くるりと背を向けて机に戻った。
 なぜかよくわからないが、褒められながらも拗ねられたらしく、オレは首をかしげて打開策を考える。そうだ。
「カリフラワー、一緒に見に行こうか」
 託生はぱっと振り返り、少し驚いた顔をすると窓の外を見た。
「今からかい? でも、もう暗くなってきてるよ」
「よし、急ごう」
「あ、待ってよ」
 返事を待たずに扉に向かうと、託生はあわててクロゼットから黒いコートを取り出した。振り返って袖を通す様子を眺めながら、オレはふとあの青いコートのことを思い出した。
 黒いダッフル調のコートは適度に愛嬌があって、託生によく似合っている。だけどいつかのあのネイビーブルーのコートも、きっとよく似合うことだろう。
 連れだって寮を出ると、すぐに冷たい風に迎えられて、託生は首をすくめた。
「ちょっと、失敗したみたい」
「なにが?」
「マフラーもしてくるべきだったんだ」
「お前はほんっとうに寒がりだな」
「悪かったね……あ、ギイ、見て」
 ぷいと横を向いて、すぐに振り返る。託生が指し示す先を見上げると、暮れかける空に一番星が輝いていた。
「きれいだね」
 彩度をおとしていく夕暮れを背に、託生がにっこり笑う。オレは黙って微笑み返し、寒風の中でも暖かい胸を抑えてそっと息をついた。
 最近、託生はよく笑うようになった。
 託生が笑うと、オレの心の中の部屋に、少しずつ色が灯っていくような気がする。
 暖かい色が、輝くような色が、穏やかな色が。つぎつぎと、オレの中に降り積もる。
「ギイ? 早く行かないと、真っ暗になっちゃうよ」
「あわてすぎて、転ぶなよ」
 前を歩いていた託生は振り返り、オレをせかしてまた笑った。
 暗闇でも迷わない、きらきらと光る色を追いかけて、オレはゆっくりと歩みを進める。
 その笑顔が、声が、その後ろ姿さえも。
 オレに色彩をくれる、ただ一つの魔法。






and, I still hangs to magic too...






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 ということで、100000HIT御礼記念テキスト「デイリーファンタジア」をお届けしました。
 ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。「デイリーファンタジア」、お楽しみいただけましたでしょうか。どれかひとつでも気に入っていただけていましたらうれしいですv

 実はこの「デイリーファンタジア」は、お蔵入りさせていたお話たちを、改稿再編したものでした。いつもいろいろなことをやると言っていながら、たぶん半分くらいしか実行できていないクロエですが、今回は、週イチ更新という点だけは厳守しよう!と、心に決めていたので、ちょっぴりチートをつかった感じです(笑
 そんなこんなの事情もあり、最初のあたりは、季節的にもちょうどいいお話があってよかったなあと思っていたのですが、結局最後は冬のお話になってしまいました…(笑
 タイトルはめずらしく自作ですが、なんだかきらきらふわふわな気がしていて、自分では気に入っております。

 改めまして、コイモモ100000HITということで、これまでのご愛顧に感謝しております。ありがとうございました!今後とも、どうぞよろしくお願いいたしますv





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せりふ Like
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