恋は桃色
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###一年冬のお話「夜歩く」の前日談となります。###





…遠くから 君を見ていた いつもより 明るい夜だった…



「  夜  歩 く - p ri o r e pis od e - 」








 放課後から人使いの荒い担任にこき使われて、やっと開放されたときにはもう日が沈みきっていた。冬も近い季節の落日の早さに、少しもどかしくなる。
 学食に入ると、すでに一番混雑する時間帯は過ぎていた。その時間にしては妙に人の多い様子を少しへんに思いながらも、とにかく腹が空いていたので、オレは食事のトレイをうけとるとすぐに、手近な席に座った。黙々と食事を摂っていると、人だかりがしている辺りから、オレに気づいた章三がこちらへやって来た。
「ギイ、随分遅かったんだな」
「ったくよー、松本も人遣い荒くなって来たよなー。で、何だ? これ」
 オレの前に陣取った章三が、トレイの上の春巻に手を伸ばすのをぴしりとはたき返して、最前から疑問に思っていたことを聴く。
「ああ、ほら。今日は、ハロウィンだろう」
「そういえばハロウィンだったか……じゃ、誰かキャンディでも配ってるのか?」
「いや、おまじないというか、占いがあるらしい。ハロウィンの夜にリンゴを食べて鏡を覗くと、未来の恋人の影が映るんだとさ」
「へえ、そうなのか」
「なんだ、知らないのか? 本場出身のくせに」
「聞いたことはないが……でもそう言えば、絵利子がリンゴ切ってたことがあったかな」
 よく見れば、人の輪の中心には相楽さんや麻生さんたち、賑やかで目立つ三年生たちが居て、次々と林檎をむいては水の入った食器に放り込んでいる……器用なもんだな。
「夜中じゃないとダメだとかで、部屋に持ち帰れるように、先輩が小皿に分けてくれるってさ」
「よくそんなに大量の皿が……ってことは、食堂のおばちゃんたちも協力してるのか」
「相楽先輩たちの愛想のよさと交渉術のたまもの、って感じだな」
 章三は笑いながら、人だかりの方をすこし振り返る。
「おまじないとかはどうでもいいけど、リンゴは好きだから僕はもらってくつもりだが……ギイも食うか?」
「あー、オレはパス。結果について、後でごちゃごちゃ聴かれたらかなわないもんな」
 オレの即答に章三は少し眉をひそめ、声を落とした。
「それってつまり、相楽先輩企画だからってことか?」
 察しのいい相棒の顔を見詰め返すと、少し心配そうな瞳がオレを見ていた。
「前から思ってたけど、ギイ相楽先輩嫌いか? そんなわけ、ないよな?」
「ああ、別に嫌いって訳じゃないさ」
 ただ、こちらから積極的には近づかないことに決めているだけだ。
 相楽さんはオレのことが好き、らしい。
 というのは本人も公言していることなのだけれど、公言してしまうその軽さから、多くの人間は冗談として受け止めている。そして本当にそれが冗談なのならば、オレもジョークとしてかわせばいい、それだけの問題だ。
 だが、軽い言葉と態度とは裏腹に、多分相楽さんは本気だ。これはカンでしかないが、たとえそれが一時の感情であれ、気持ちに嘘はない、と思う。
 いずれにしても、相楽さんはたぶんゲイだ。こちらの憶測は、きっと確実だ——と、オレは思う。
 ただ彼はまだ、自分の気持ちと性癖とに自分でも折り合いが付けられてはいないのかもしれない。その中途半端な状況が、あの軽い言動に顕れているようにオレには思えるのだ。
 勿論、もしも真剣に乞われたならば、真剣に対応するつもりではいる。だけど可能なら、ジョークのフリをして遣り過ごしたかった。彼の想いを拒絶するよりも、互いにジョークの範疇で終わらせてしまいたかった。
 だって彼の相手は、オレじゃないから。
 オレの相手は、ただ一人だ。
 そうでないなら、オレは恋など一生知らないでいい。


 月光が闇をそっと照らして、意外にも明るい夜だった。目が慣れれば、わりと遠方まで見渡すことが出来た。
 晩秋の夜は流石に空気がひんやりとしている。オレはぶらぶらとグラウンドの方へ歩きながら、ジャケットのポケットから小さい袋を取り出した。袋から小さな黒い種を掌に取り出して、さらさらとした感触を確かめる。
 いつか絵利子に聴いた、もう一つの占い。ハロウィンの夜、畑の小道で種を撒く。その後を通る人が居れば——という、もうひとつの他愛ない御伽噺。
 いくら山奥の祠堂とはいえ、流石に畑は持っていないらしいので、運動用の"field"の方で代用させてもらう。袋の中身は、バジルの種だ。食べると腹の中で何倍にもふくらむという触れ込みの減量用食品らしい。先日矢倉が冗談半分で買いこんで、処分に困ってオレに押し付けた。
 口の端だけで愚かな自分を笑いつつ、小さな種をグラウンドに蒔いていく。この後、この見えない道の上を歩く人が居れば、将来のオレの伴侶なのだという。こんな時間にこんな所を歩く物好きが居るものなら、お目にかかってみたいが――たとえあいつじゃなくても、そんな奴はいない気がするけど。それでも彼だけはこんなところに来ないだろうな、と思う――何しろここは寒すぎる。
 オレは学食に入る前に見た光景を思い出す。
 ……校舎から学食へ向かっている途上で、グラウンドに降りる階段の上で固まっている数人の人影が目に入った。
 ともりだした夜間照明の下で、きっと見間違えることはないだろう彼を認めて、オレは正直またかと思ったものだ。
 面倒だから、では決してない。ただ、またあのまなざしを受け取ることになるのが、また傷つくのが、少しいとわしいだけだ。けれど、一度でも見過ごしたりしたらそこで何かが終わってしまうのはわかっていたし、オレにはそちらの方がより怖かった。だから今回も気持ちを奮いおこして声をかけようとした、そのとき、彼をとりまいていたうちの一人がぱっと何かを投げた。あっという間にそれはグラウンドの方に飛んでいってしまい、正体はなんだかわからない。
 ――思い出してみると、あれはちょうどこの上の辺りだったような。そう思って、土手になっている道のほうを見上げてみた。
 その後、彼ははっとした様子でグラウンドの方に向き直り、しばらく無言で立ち尽くしていた。ものを投げた一人が一言二言彼にささやき、仲間を促して立ち去ってしまっても、まだそのまま動かなかった。
 不穏な様子と、彼の頼りなくグラウンドを眺める様子とに、オレは胸騒ぎを覚えた。けれどオレが声をかける前に、脇道から彼の友人が登場して、オレから見れば羨ましいくらい気さくに声をかけてしまった。
「託生、何してんの?」
「……あ、利久」
 ぼんやりとした彼の様子に、友人は心配そうに首をかしげていた。
「だいじょぶか? ってか、寒くないのか? そんな薄着で」
「あ、ほんとだ」
 オレから見れば今の季節には十分に見えるのだけれど、シャツにニットの自分の服装をかえりみて、彼はふるりと身体をふるわせたようだった。
「寒い」
「寒がりのくせに、ぼんやりしてるんだからなあ」
 つれだって帰っていく様子に、先ほどまでの不穏なやり取りはなんだったのだろうと思いつつ、オレは念のため、何かが投げられた先を検討をつけて探してみたけれど、宵の暗闇の中では何も見つけられなかったのだ……
 そこまで思い返し、そろそろ戻ろうかとオレは後ろを振り向いた。
 すると信じられない光景がそこにあった。
 彼が立っていた。
 オレはあまりの非現実的な情景に、立ち尽くすしかなかった。
 彼はこちらに向かって、ゆっくりと歩いてくる。オレはおそるおそる、声をかけた。
「葉、山……?」
 オレの呼びかけにも反応はなく、視線もゆらゆらと周囲をさまようだけだ。まるでゴーストかなにかのようで、オレは鳥肌がたった。
 彼はふらふらと歩みをすすめ、するり、とオレの横を通りすぎて、去っていく。
 オレはしばらく動くことさえ出来ず、やっと振り返ることができたときには、彼の姿は跡形もなく消え去っていた……もしかしてオレは、夢でも見ていたのだろうか?












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 冒頭の引用はスピッツ「Y」より。
 本編へと続きます!







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