白い光がいろんな方向にふわりと散って咲き、その残像にみとれた隙にひかえめな爆音が耳へと届く。
「大きい、ね」
その残響のまだ残るうちに、新しい星がまた蒔かれる。
光の軌跡が先ほどと同じようにゆっくり弧を描いて、やがてきらきらと瞬いては消えていく。
「これも、大きいね」
「大きかったな」
別にオレの返事を期待しているのではないのだろうと思いながらも一応の同意を返しつつ、隣りに座る恋人にふと目をやると、オレはつい目が離せなくなった。白い頬は花火が開くごとにきれいな濃淡を生み出し、とりどりの色に染まる。無心に上空を見つめる眸にはやはりとりどりの星が映り込んで、星の瞬きに呼応するかのようにきらきらと輝いている。光と色との作用をうけて、普段の託生とは違った少しつくりものめいた美しさがある。オレは空の花火ではなく託生の眸の中の小さな花火を見物することにした。見上げるのをやめたオレをいぶかしんでか、託生はこちらを向いてかるく首をかしげる。
「なに? ギイ」
「アイス溶けてるぞ」
「あ、うん」
あわててスプーンを動かしながら、けれどその眸には変わりなく空の星をきらきらと映している。オレはこっそり苦笑した。
プロポーズ
別荘で過ごした休暇の最後の夜、近くで小さな花火大会が行われるということを知って、託生とオレはつれだって見物に出てきていた。花火大会とは言っても別荘地らしいささやかなもので、玉数も内容も大規模な花火大会などとは比べものにならない。だが人出もまばらだし、のんびりと楽しむには丁度いい。オレ達は打ち上げ場所からやや離れたカフェの、見物用に設えられたテラスにあるつくりつけの飾り階段に座り込んで花火を見上げていた。見渡せば、入ったときには五割ほどしか埋まっていなかった店内も、今はほぼ満席になっていて、皆オレ達のようにめいめい好きな場所でくつろいでいるようだ。
ふと、近くのテーブル席に座っている男性が手にしたデジタルカメラが目に入った。夜空に向けられたカメラは彼に花火を写し取って、彼は時折その画像を確認してはまた夜空に焦点を合わせている。
花火のような瞬間の現象を写真に納めようという気持ちは、わからなくもない。本来はほんの一秒ほどでで消えてしまうはずのものが、写真という形に捉えればいつでも鑑賞することが出来るようになる。
だが、どんなに性能のよいカメラだって見たままの花火を写し取れはしない。一寸の間だけ咲いて散ってしまう花は、それでも瞬間ごとにその表情を変えていく。写真として切り取れば、その花の咲いて散るダイナミズムは失われてしまう。だったらカメラを覗き込むより、今この瞬間に咲いて散る花をしっかりと自分の目で捉えておきたいと、オレはそう思うのだ――だから。
「ギイ? どうしたんだい?」
「どうって?」
赤と黄の光を半身に受けて、託生は瞬いた。
「花火、……見ないのかい」
瞬間に失われる夜空の花は、写真に捉えるよりもこの目で見ていたい。そして、それ以上に。
オレはとりどりの光に彩られていく、今この瞬間の託生を見ていたかった。
託生とふたりで生きていくというのは、一体どういうことなんだろう。
長い間甘い夢想でしかなかったその問いは、託生と想いをかわしてからは、オレの中で具体性を伴った命題にとってかわりつつあった。けれどその解答は、具体的な形が全く見えてこない。
託生とふたりで生きる、という未来を選ぶのならば、それに伴って生じる問題は、実際的なものから精神的な問題まで、挙げればきりがないほどにあるだろう――なぜなら。託生とオレとは同性同士だから。国籍が違うから。育った環境が違うから。客観的に問題点を並べようとすれば、いくつだって挙げることが出来てしまう。
もちろんそうした問題の多さは自分の恋心を自覚したときからある程度は諒解していたことだし、努力と歩み寄りによって克服できない問題は何ひとつないと、オレはそう思っていた。託生にあの言葉を告げられるまでは。
家を継ぐ――というその言葉が果たしてどういう意味内容をふくんでいたのかはわからない。誰かと結婚して家という旧弊な概念を保持することまで含んでいるのか、いずれ世帯主になるとか姓を受け継ぐとかいう意味なのか、それとも不動産としての家を継承するということなのか。その曖昧な言葉の意味内容をはっきりさせなければ、オレがひとりで考えても何もわからない。けれど託生が家を継ぐのだというその未来において、オレの存在が邪魔になるということは、大いに考えられることだった。だからオレは、望まない言葉を聴くのが怖くなって、託生を追求することをせずに曖昧なままにしておいた。
オレだってもちろん、自分の家族は大事に思っている。彼らの期待や希望を簡単に裏切りたくはないし、そんなつもりもない。けれど家族を含めて、他の誰よりも何よりも託生が大切なのだと、もしもすべてを諦めなくてはならない時がくるとしてもそれでも託生を選ぶと、オレはためらわずにそう言いきれる。けど、託生はそうじゃない。オレのために家族を捨てるだとか、そこまでの決心は託生の中にはないのだ――少なくとも、今はまだ。そう思えば不安の棘がちくちくと胸を刺すようで、自分の恋心がからまわりしているようで、はなはだ心もとない気分になる。
でもそれだって仕方がないことだと、頭ではわかっている。既に人生の半分以上も託生に恋しつづけているオレと、恋どころか凍らせていた心をようやく溶かすことが出来たばかりの託生とでは、気持ちの温度が違うのは仕方がない。そして、先のことは何もわからないというのも事実だ。オレが自主的に託生から離れようとすることは、未来永劫に亘りあり得ないが、オレ以外の要因は託生も含めてすべて未知数なのだから。
本音を言えば、今この瞬間だけに生きる真実であってもいいから、オレは託生からの確たる言葉が欲しかった。たとえ全てが嘘になるとしても構わない。少なくともオレが今もその先までもと確かに誓える限り、うたかたの託生の言葉を実現するのも嘘にするのもふたり次第だと、そう思ったからだ。けれど託生は、オレの望んだ言葉をくれはしなかった。オレは自分の心のつたわらなさに、そして嘘でもいいから心を与え返してくれない託生に、少しだけ苛立った。託生に八つ当たりさえした。
けれど、そんな託生と過ごす内に、オレは漸く気づいた。
計り知れない未来における約束をくれないのは、託生が嘘をつかないからだ。オレが遥か先までの託生に誓えるように、託生は今この瞬間のオレに対して誠実であろうとしてくれているのだ、と。
そして、そうだとすれば、オレはどうすべきなんだろう。未来の託生をあれこれ空想して不安がるよりも、今目の前にいる託生に対して誠実であるべきなのではないだろうか。それが託生とこれからもずっとふたりで生きること、に対しての、今現在のオレなりの回答だ。
「きれいだったね」
花火も終わり、オレ達は帰り道をのんびりと歩いていた。
満足気ににこにこと笑っている託生の頬は少し上気して、とりどりの星に染められた名残のように輝いている。
「そうだな。ま、ちょっと大人しかったけどな」
「でもゆっくり観られて、楽しかった――ギイ、派手な花火、好き? 仕掛け花火とか」
「ああ、いいな」
託生は少し首を傾げて、言葉をつづけた。
「うちの近くでも、毎年結構大きい花火大会をやってるらしいんだ。ぼくは観に行ったことがないんだけど、いつも仕掛け花火が凝っているっていうんで、結構有名なんだって」
「ふうん?」
「今年はもう終わっちゃったみたいなんだけどね。今度ギイと一緒に観に行きたいな」
「そうだなあ」
気のないような返事を返しながら、内心は問い返したい誘惑でいっぱいだ。
だって、……今度って、一体何時なんだよ。
さすがに社交辞令ではないにしても、いつ、という約束はくれない託生に、オレはまた少し焦れる。
けれど、今この瞬間のその言葉には、ひとかけらの嘘もない。それは、信じていられる。
そんな託生がオレは好きなんだし、だから――何を不安に思うこともないのだ。
だから、オレは妙に楽しげな託生の様子を見ながら、その耳に届くか届かないかのちいさな応えを返す。
「そのうち、な」
何時かはわからない、そのうち、それでもこの曖昧な言葉にオレは万感を込める。
お前が望むまで、未来を誓うような言葉はもう言わない。
だけど、それでも。お前には言わないまま、オレはお前に約束しよう。
来年か、再来年か――それとも、もっと先か。
その時に、まだオレが側に居ることを許してくれるのなら。
いや、たとえ常には側に居られないまでも、時折は許してくれるのなら。
また一緒に花火を観に行こう。
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…そして数年後にほんとにその花火大会に行って、一緒に観に行きたいなんて言ったっけ?とか託生に言われるんですよ(笑。でもギイはめげないんですよ(笑
軽いようで誠実なギイは「オープニングは華やかに」、未来を縛らないギイは「Farewell」とかとのつながりで、書いてるつもりです。託生にあわせて、時には託生以上に、いろいろあいまい宙づりで、でも覚悟だけはしっかり出来てるギイ、だといいなあ。
ギイ一人称表のお話はいちおうつながりがある設定のつもりで書いているというか、ギイの考え方は同じ流れのつもりで書いてます。なのでこれも「再会」→同人誌「愛という純情を君に捧ぐ」につづくお話のつもりなんですが、こうまで真摯にさせて書いてしまうと、…自分でも流石にギイがかわいそうになってきました…(笑、すみません。わたしは多分、ギイは常人には不可能なくらいにまで真摯でいてほしいんですね…いつもドツボ思考をさせてしまいます…(笑
タイトルは、the pillowsの「プロポーズ」、のつもり、です…が、一般名詞と思ってくださってゼンゼンいいんです、わたしの一人遊びみたいなものなので…。「Farewell」のラストのギイのいろいろを、プロポーズとして捉えてみたいなあという感じです。
というわけで、残暑お見舞い申し上げ、ました(笑
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