恋は桃色
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 愛のないアン・ハッピーエンド
 僕の物語はキミがいないまま終わるのかな
  (the pillows "New Year's Eve")








「みそかの日」
     













 ひらひらと掌に降り来る切片を慈しむ様にゆっくりと握りしめれば、溶け消えるそのつれなさに、また不意に葉山託生の顔が思い浮かぶ。
 雪の中見送った、帰郷していくその後姿は、相も変わらずにただただすべてを拒んでいた。オレは気をつけて帰れよ、の、一言すら掛けられずに、黙って見送ることしか出来なかった。声も出せなかったのは、あまりに雪が冷たかったから――というわけでは、勿論ない。託生に拒絶され続けた時間に、オレの心は少しく挫けてしまっていた。
 雪の中から、すこしずつ季節を巻き戻すように、彼の居る光景をひとつひとつ思い出す。彼との間の、すべてのやりとりを。
 あの時、あの瞬間、声を掛けていれば、手を伸べていれば。
 何かが変わっていただろうか。
 変わらなかったかもしれない。
 現に、いくつも積み重ねたオレのコミュニケーションは、一方的なそれに終始していたのだから。
 だけどそうした諸々を言い訳にして、そうしてすべての機会を見過ごして行ったら、最後にはどうなるというのだろう? デッドボールを恐れて見逃し三振をつづけ、ついには彼を完全に失ってしまうんだろうか。
 その可能性を考えると、彼に拒絶される以上の喪失感がオレを襲う。
 だから、今度は――年が明けたなら。
 すべてのチャンスボールに、フルスイングを。
「ギイー」
 ふと顔をあげると、ちらちらと揺り続ける雪が頬にあたり、かすかな冷たさを残して消えていく。やっぱり雪は、一片だけでは果敢ないものだ。だが――
「ねー、ギイってば!」
「何だよ、絵里子」
 振り返れば、テラスにつづく窓辺から、絵里子がしきりにオレを呼びつけていた。
「さっきから何してるの? そんなとこつっ立ってると、流石のギイでも風邪ひくんじゃないの?」
 そう問いかけられて、オレは言葉につまった。雪のちらつくテラスで物思いにふけっているオレは、絵里子の目には相当奇妙に写っていたことだろう。オレは肩をすくめて、ごまかした。
「修行中?」
「何言ってんの、ギイったら」
 絵里子は笑いながら、部屋に戻るオレを出迎え、肩の雪をはらってくれた。
「ねえギイ、ココア飲む? 飲むんなら、ついでにつくってあげるよ」
「オレはいいよ、ちょっとこれから出かけてくるから」
「え、そうなの。デート?」
「ま、な」
 オレはそう軽く答えて、不意に清々しい気分になった。
 アポイントメントはない。けれどオレには、まぎれもないデート、だ。
 今年最後の、なぜなら、
「大みそかだからな」
 絵里子は目をぱちぱちさせて、不意に笑い出した。
「やあだ、ギイ。今日は30日だよ? 大みそかは、明日」
「いや……今日なんだよ、絵里子」
 オレは苦笑して、ごまかすために絵里子の頭をくしゃっと撫でた。
 日本時間では、今31日の朝なんだ。
 ネットで予約を入れたばかりの、往復の航空券のことを思い出す。
 今夜の便でNYを発って、成田に着くのは、日本時間で31日の夜になる。それから電車を乗り継いで、翌日の午前中には成田に戻る――我ながら無茶な計画を思いついたものだ。
 でも、託生。
 はやく逢いたい。
 少しでも長く、逢っていたい。
 他愛ない願いでも、ほんの少しの逢瀬でも、オレに与えてくれ。
 お前と気持ちが通じ合った今でさえも、一年前の今日から、オレの決心は少しも変わってはいないんだ。
 すべてのチャンスボールに、フルスイングを。


 すぐに消えてしまう雪を飽きず積み重ねて、深い根雪にして。
 そうしてずっとお前を捕まえていたいんだ。












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 このサイトに遊びに来てくださったみなさまに、一年間の感謝を込めて。
 飛行機の時間は…た、たぶんこれであってると思うんですけど、計算にはあんまり自信がありません…。
 「すべてのチャンスボールに、フルスイングを」は、これまたthe pillows「I know you」から引用してます。決めシーンが引用ですみません…。

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