恋は桃色
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10000ヒット御礼リクエスト特集→雛祭様のリクエスト:ギイタクのほのぼの、あったか、甘甘な日常、ギイ君ジェラシーモードで。






「七夕デート、しようか」
 ぼくを後ろからきゅっと抱きしめて、耳元でギイが囁いた。







 「この胸の、に願いを」






「どこ?」
「あの、白っぽくなってる辺りかな。月が近すぎて、ちょっと見づらいけど」
「ああ、うん」
「月から銀河に沿って北上すると、少し明るい星があるだろう。あれが琴座のベガ」
「あ……あー、あれかな」
「で、銀河を渡って向かい側の明るい星が、アルタイル」
「えっと、ベガよりも北?」
「違う、下の方」
「ええと……ああ、あれかな」
 天の川を見上げながら、ギイとぼくはグラウンドの脇をのんびりと歩いている。
 昼間の熱が凪いだ闇に、月の光が涼しげに降り注いでいる。
 ぼくは夜空に手をかざしながら、ギイに声をかけた。
「ねえギイ、あの月の隣の大きな星……うわっ!」
「託生!?」
 突然視界がぐらりとぶれて、ぼくは思い切り前につんのめっていた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫……」
「それは、よかった」
 ……笑いを堪えたような声音で「よかった」なんて言われても、全然うれしくない。
「呆れているんだろう、ギイ」
「別に。そうでなくてもよく転ぶ託生くんに、歩きながら夜空の解説をするなんて横着をしたオレが悪かったなあ、って反省してるとこ」
「…………」
 まあ、言い返せませんけどね。
 ため息をついたぼくに、ギイは左手をさしだした。
「なに?」
「手、貸せよ。託生がもう転ばないように、支えててやるから」
「な。何を言い出すんだよ。そんな場面誰かに見られたら、どうするんだい」
「しょうがないだろう、託生があぶなっかしいんだから。それにこんな時間に誰も来やしないよ」
 しょうがない、なんていいつつ妙にうれしそうなギイに、ぼくはもう一度ため息をついてから、しぶしぶ右手を預けた。
 とまってしまっていた歩みを再開すると、ギイは空を仰いでのんびりと会話も再開させた。
「ちなみに、月の横の大きな星は、木星」
「あ、あれ、木星なんだ」
 ぼくもまた天の川を見上げて、へえと唸った。
 明るく大きな二つの星は、ベガとアルタイルよりもよほど目立っている。
「……なんだか、おじゃま虫だね」
「だな。年に一度のデートだってのにな」
「そうだねえ」
「しかしほんと、大変だよな。年に一度のデートなのに、下界の人間の願い事まで叶えなきゃいけないんだろ?」
 ぼくはギイの言葉に、寮を出るときに見かけた、半日たらずで大量の短冊がつるされて重くなってしまった大笹を思いだしていた。
「そういうギイは、短冊書かなかったのかい?」
「短冊? ああ、書いたけど、つるさなかった」
 …………はい?
「なんで? 年に一度のデートだから?」
「んー…………託生は?」
 ギイはなぜだかはぐらかした。
「ぼく? 書いたよ」
「書いたのか? よくそんな時間あったな」
 今日は土曜日で、午後の授業はなかったけれど、図書当番のぼくはずっと図書室に籠もっていたのだ。当番が終わってからはすぐに部屋に戻り、それからずっと一緒に居たのだから、ギイが知らないのも無理はない。
 一瞬歩みを遅め、ぼくの顔を覗き込んだギイに、ぼくは軽く頷いて言葉を付け加えた。
「うん、部屋に帰りがけに、短冊をもらったから」
 ギイはふうん、とつぶやいて興味を失ったようにそっぽを向いて、また同じ速度で歩きだす。
 つないだ手をゆらゆらと揺らせて、しばらく黙った後、ギイは突然口をひらいた。
「もらったって、誰に」
 えっと……短冊、のこと、かな?
 まだ続いてたのか、と思いながらぼくは何気ないふりをして返事をした。
「うん、伸之だよ」
 ギイはこんどこそ立ち止まり、ぼくの顔を訝しそうに見た。
「伸之?」
「うん、平沢くん」
「んなことは判ってる。お前伸之のこと、名前で呼んでたか?」
「え? ああ……そうしてって、言われて」
 そうなのだ。
 ぼくたちの学年には「平沢くん」が、二人いる。だから、大抵の人は二人を下の名前で呼んでいる。そのうちの一人の平沢くん――伸之とは、今年度になって同じクラスになったのだけれど、ぼくはなんとなく気後れがしてしまっていて、苗字のままで呼んでいて。
 けれど今日、ぼくに短冊を渡しながら、「みんな名前で呼ぶし、葉山も伸之って呼んでよ」……と、伸之、が言ったのだ。
 でも、それが、何かいけなかっただろうか?
 黙ってしまったギイが気になって、こっそり顔を覗き込むと、ギイはぼくを見ないまま、口をひらいた。
「で、何て?」
「え?」
「短冊。何て書いたんだ?」
「……秘密」
「なんで」
「……だって」
 願い事なんて、大抵口にするのが恥ずかしいものではないだろうか。
 ギイは少し口を開けて何か言いかけたけれど、そのまままたつぐんでふいと横を向いてしまった。
「ギイ?」
「だって、伸之は知ってるんだろ? 何でオレには内緒なんだよ」
 ギイ、耳が赤い。
 まさか、すねているんだろうか。
 ぼくは思わず笑ってしまって、考えるより先に口をひらいていた。
「期末」
「え?」
「期末試験、赤点が出ませんようにって」
 ギイは拍子抜けしたような顔をして、そうして笑い出した。
「質実剛健だなあ。託生にかかるとロマンもへったくれもないな」
「失礼な」
 確かに、現実的すぎるかなとは、思ったけどね。
 でも、仕方がないじゃないか。だって。
「だって、願い事なんて、ないから」
「……託生?」
 無意識に、つないだ手に力がこもる。
「今以上に望むことなんて、ないんだ」
 ぼくは立ち止まり、ギイの目を見てそう言った。
 この四月になるまでのぼくには、望むことなどなかった。
 それは、何もかもを諦めて――諦めたフリをして、いたからだ。
 けれど、今は違う。
 だって、今のぼくは、何かを望む必要もないほど幸せだから。
 そう……伝わるだろうか。
「……そっか」
 ぼくがじっと見つめると、ギイはゆっくりと微笑んで、ほっと息をつくようにそう言った。
「託生」
「うん」
「今、オレとキスしたくない?」
「な」
 何をまた、突然に言い出すのだろう、ギイは。
「……何だよ……急に」
「いいから。したい? したくない?」
「……したくなく、は、ないよ」
「つまり、したいんだろ?」
「もう、勝手に言っててよ」
 ついぼやいたぼくに、ギイはふわりと微笑んで、そっとキスをした。
「託生に」
 そしてまた、キス。
 ……あ、
「短冊に書かなくても、叶う……叶えれば、いいんだもんな」
「……うん。…………うん、ギイ」
 伝わった、みたいだ。
 見つめ合い、微笑み合って、他にはもう何も要らない。
 ぼくは言葉の要らない願いを込めて、そっと目を閉じた。












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 リクエストをくださった雛祭様、ありがとうございました!ジェラシーなギイっていいですよね!給湯室とか文化祭中のトイレとか、大好きです(笑。なので、もうちょっと嫉妬でメラメラさせたかったのですが、メラメラなギイだったら三年生バージョンの方がよいだろうし、でも日常っぽいお話は二年生の方がいいかなあ、とも思い、このような形にさせて頂きました。楽しんで頂けましたらうれしいです。

 というわけで、七夕話でした。遅刻ですみません…。
 二年の七夕って、原作では託生だけ出てきてませんよね、確か。何してたんでしょうあの人、と思っていたので(笑、今回書いてみました。
 あと伸之、なぜ託生は伸之だけ(ギイと利久は除く)名前で呼ぶのでしょう?と、以前から気になっています。
 星についての記述はAstroArts - アストロアーツさんのAstroArts: 【特集】七夕 - おり姫星、ひこ星の見つけ方を参考にさせていただきました。今年の銀河の絵がありますので、よかったら一緒にご覧下さい。

 タイトルは…一応、あのスタンダードナンバーのもじり、ということになるでしょうか。

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