恋は桃色
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    "太陽が目の前に。
     太陽が闇を包み…。
     太陽が、この全てを…。"




「FUNNY BUNNY」   









 ふとしたときにかいま見えるギイの真情に触れるたびにぼくは、胸をあつくし鼓動を高鳴らせ、そうして何度でも心がうちふるえる思いをして、彼のような人がぼくを好きだと言って傍にいてくれる、そのことがいかに幸せなことなのかと何度でも理解するのだ。



 ぼくへの年賀状を投函するという名目で元日の早朝数時間だけ来日したギイは、ぼくが以前軽い気持ちでギイと見たいと言ってしまった日の出を見るためにぼくを盛尾山にひっぱっていき、ぼくを感動の渦にまきこんで、何度も何度もキスをすると、ニューヨークでもう一度家族と新年を迎えるために帰っていった。

 ギイを駅まで送って、感動の余韻に浸りながらひとり家までの道のりを歩きつつ、日が昇りだしてだんだんと明るくなっていく風景があたかもギイによって啓かれたぼくの心のように思えて、今年という祠堂での最後の一年間をがんばろうと、素直にそう思ってすっきりした気分になった。

 やけにすっきりしているのは泣いてしまったせいだ。


 ぼくはただの生理現象に気づいてひとりで笑い、でもそれもまたギイのおかげなんだと思いなおしてまた少し笑った。

 彼がぼくの他愛ないささいな願いを聞き流さずにいてくれたことも、わざわざそのためだけに日本にまで来てくれたことも、終電でここに着いたはずなのに遠慮して電話を掛けず寒い中時間をつぶしてくれたことも、十一時の飛行機で帰らねばならないことをぼくに告げられなかったことも、なんてなんて、ぼくの心を動かしたことだろう。そして、涙のとまらないぼくを抱きしめてくれた腕も、たくさんのキスをくれた唇も、ふとぼくにくれた微笑みも、なんてあたたかかったことだろう。思い出すだけで、また涙腺がゆるんできてしまう。

 去年の今日のぼくは、そんなふうにぼくをゆるがせて、そうしてあたたかく包んでくれる人がいる時間を、思いもしなかった。ぼくははじめて目を開いたかのように、改めて眼前の風景に対して顔をあげ、まっすぐに向き合った。

 元日からギイに会い、こんなに満たされた気持ちになった、今年はどんな年になるのだろう。


 家に戻ると、新年の挨拶などなど元日の行事をこなして、おせちを食べたりまたお酒を飲んでしまったりして、例年通りの元旦の一日を過ごして、でも自分が去年の心持とは全然違ったから、軽い酔いも手伝ってなんとなく楽しい、嬉しい気分でいた。いい気分で例年になくたくさん送られてきたぼく宛ての年賀状を一枚一枚見ていった。利久は去年もくれたけれど、ポップで明るい彼らしい賀状で、なんとはなしにうれしくなってしまう。章三は市販の年賀状ソフトでつくったのだろう、しかし金銀のインクまでつかったやけに豪勢な賀状で、こういうのは彼らしくないようにも思えるけれど、でも彼の中で手を抜くべきところと手を抜けないところがあるんだろうなと思って、つい笑ってしまった。

 そんなふうにゆっくり楽しんで、随分枚数が増えた今年はお年玉つき年賀はがきの当選番号を確認するのも楽しいだろうなと思い、ふとギイのことを思い出した。

 こういうみみっちい、もとい、ささやかな幸せが好きな彼のことだから、ギイの実家にはちゃんとカードを出したけれど、お年玉つき年賀はがきの賀状をも送ったら、喜んでくれるだろう、たぶん。


 ぼくは母に余っている白紙の賀状をもらい、住所を確認するために朝ギイがぼくに直截手渡してくれた賀状を見ようと自分の部屋へ上がった。机に向かって、きれいな、日本人のぼくよりもよほど達筆な、彼の文字を見ると、それだけでドキドキしてしまう。我ながら重症だと思いつつ、ふとその下に描かれた何か、に、目がとまってしまった。

 なんだろう、これは。


 たぶん、なにか、動物、なのだと思う。犬や猫にしては耳が大きく、からだになんの模様もなくまっしろで、しっぽはみじかい。

 それはまぁ冗談で、今年は卯年で、ギイが自分で言っていたようにそれはうさぎでしかあり得ないのだけれど、理屈では理解できていても、頭が追いつかない。


 ちいさく笑おうとして失敗し、思わずふきだしたぼくは、たまらなくなって大笑いした。とまんない。だって、可笑しい。可笑しい、可笑しい。これ、どう見てもうさぎには見えない、可笑しい、このうつくしい字を書くギイが、このうさぎを、可愛い、笑っちゃう、誰だって可笑しいって思うよぜったい―

 階下から母のたしなめる声、その少しあとには心配する声がきこえたようだけれど、ぼくはどうしても笑えて、笑えてしまって仕方がなくて、


 しまいには涙が出てきた。














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 「オープニングは華やかに」の直後、という設定です。ギイが芸術オンチだというのはなにやらいまだに信じ切れませんが、政貴も言っていたし本当のことのようですね。ギイはそういうのもそつなくこなしそうだと思ったんだけどなぁ。関係ないけれど、章三は美術の授業で優等生なつまんない作品をつくりそうだ、なんて失礼なことを思っていたら(いや、でも、そんな章三が大好きだ)建築家志望だそうなので、結構美術もイケるのかも。託生は美術においても独特な作風のような気がします。

 今回は大分わたしの普段の文体に近いかなと思います。いや、かなりかけ離れてはいるけど、わたしの文体で託生一人称にしてみた、という感じなのです。
 
冒頭の引用は中村一義「日の出の日」からです。あとピロウズの「CARNIVAL」のイメージもちょっと入っているつもりですが、「君とキスして泣いてしまった」という歌詞があるってだけでほとんど関係ありません。タイトルもピロウズ「FUNNY BUNNY」からです。

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せりふ Like
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