だが、やがて先の教皇という男がやってくると、すべては一変した。シオンという名の前教皇は、わたしたちが小宇宙を保ったまま冥界にたどり着いたのは何も偶然ではない、死者たるわたしたちにもまだ黄金聖闘士としてなすべき使命があるのだ、といった。
 わたしたちは興奮した。数百年ぶりに地上に降り立ったアテナに何の奉公も出来ぬまま朽ちてしまうのではなく、まだ何か出来ることがあるのだと言う。
 そのためには、冥王に忠誠を誓い冥闘士となる必要がある、と聞かされたときにも迷わなかった。どうせアテナに逆らった逆賊の身だ、今更黄金聖闘士の矜恃も何もあったものではない。それよりは、この身を有効に使いたい。


 サガやカミュがそう喜んでいる横で、彼はまた昏い笑い方をしていた。
 また肉体が手に入るだって? ありがたい話じゃねえか、アテナはどうでもいいが、少しでも長く現世を楽しませてもらうぜ。
 男の笑いに眉をひそめつつぼんやりしていたわたしは、何時の間にか彼とともに先兵をつとめる役割を振られていた。サガと、そしてシオンの命では逆らうことなど出来はしない。わたしは仕方なく彼との共同作戦を遂行し、――彼の悪態も露悪的な強がりなのかも知れないなどとよく考えようとした自分を大いに後悔しながら、再びの死を死んだのだった。


 …それでも最後の最後には、わたしの小宇宙も少しは役に立てたことだろう。
 嘆きの壁での記憶は殆ど思い出せない。きっとそれは、わたしの走馬燈が終わる予兆なのだろう。
 わたしは月夜を歩いている。
 もうすぐこの道も終わるのだろう。
 月の光の下を一人歩きながら、最後の時を思い返そうと試みる。彼は、あの時一緒だっただろうか。どうだろう。もう何も思い出せない。全ての記憶を闇にかえして、そしてわたしも――
「...i,belissim...ssai」
 どこかで聴いたような声が聞こえ、わたしはついと振り向いた、瞬間。