そうこうしている間にあの青銅たちがサンクチュアリにやってきて、そしてすべてが終わった。
 次に気がついた時には、わたしは既に冥界の住人となっていた。
 死者となることは、当然ながら辛いものだった。確かに自分はそこにいるのに、そこに存在しているのに、どこにも自分がいないというあの感覚。焦りや後悔の入り交じった感情に悩まされ、そうした心が確かにあるのにもかかわらず自分が既に存在していないのだという矛盾に随分苦しんだ。
 サガがいうには、小宇宙という強大な力を冥界においても持ち続けているがゆえに、わたしたちは普通の人間よりも強い感情が残ってしまったのだろうということだった。裏切り者の黄金聖闘士には、ふさわしいような罰だった。
 だがいずれにしても、既にすべては遅かった。青銅たちの、そしてアテナの行く末は気にはなってはいたが、いくら小宇宙を保っているとはいえ死者の身では、何が出来るでもなかった――ただひとつ、もしかしたら間に合うことがあるとしたら、それは。


 冥界でついにわたしは、あの男と再会した。
 ふらふらとうろついているうちにカプリコンのシュラを見かけて近づいてみると、シュラはあの男と立ち話をしていた。
 シュラとは年齢が近く、宮が近いこともあり割合に親しくしていたのだが、あの男とは結局疎遠な同僚のままに終わってしまったので、わたしは二人に声をかけるのを躊躇して、少し離れた場所から二人を眺めてみた。彼は変わっていなかった。薄暗い冥界に彼の昏い小宇宙は随分とうまく溶け込んでいて、陰惨な雰囲気はより濃くなっていた。やがてシュラより先にあの男がわたしに気づくと、ふっといやな笑い方で笑った。
 ああお前もサガについてたのか、お互いヘタこいたよな。
 わたしにむかってそれだけ言うと、シュラの肩をぽんと叩き、彼は踵をかえしてどこかへと行ってしまった。
 相変わらずいやな男だ、と思った。同時に、どうやらわたしは彼に疎まれているらしい、とも。今まで殆どといっていいほど交流がなかったのも、単管に縁がなかったことにくわえ、彼がわたしを避けていたものなのかもしれない。
 そこまではわたしの被害妄想であったのかもしれないが、いずれにしても彼もわたしも既に死者となり、ここ冥界にやってきた。死者の生活――生きてもいないのに生活もないものだとは思うのだが、とにかくそれは単に時間が過ぎていくというだけのことであり、何らの生産的な活動も赦されてはいなかった。
 冥界では、新しいことは何も起こらない。
 彼との関係も、何も変わりはしなかった。