初めて彼を見たのは、何度目かにサンクチュアリを訪れた時のことだった。
 修業時代はわたしはほとんどグリーンランドにこもりきりだったので、双魚宮を本格的に任されるようになったのは随分と後からだった。だからよくは覚えていないのだが、わたしはおそらく何かの報告で久しぶりにサンクチュアリを訪れただけであったのだと思うし、彼もわたしもまだローティーンであった。
 教皇の間から退出して石段を下りてゆくわたしの背後から、聞き慣れない言葉で話しかけてきた少年がいた。それが彼だった。振り返ると、ちょうど今降りてきたばかりの階段の上に、銀髪に赤い目をした派手な少年が、にやにやと笑いながら立っていた。ふてぶてしい風体も手伝ってか、彼はわたしより随分と年上に見えた。
 昏い男だと思った。明るい色の服を着ては居ても、全体の雰囲気はまるでギャング予備軍、というか最早ギャングそのもののようであったし、どこか怖いような印象があった。さらに驚いたのは、彼の顔つきや様子だけではなく、小宇宙までもが暗澹とした色をたたえていたことだ。サンクチュアリには、それも教皇の間の周辺には決していないタイプの人間に思えて、そのほの昏さには正直ぎょっとした。意味のわからない呼びかけも、そんな彼の昏さとあいまって少し気味が悪かった。
 後から知ったことだが、彼はイタリア人であるらしいので、おそらくそのときも彼は母国語でわたしに話しかけていたのだろうと思う。つたないギリシア語で問い返したわたしに馬鹿にしたような笑いひとつを返すと、そのまま立ち去ってしまった。取り残されたわたしはしばらくあっけにとられたまま彼の後ろ姿を見送っていた。


 驚くべきことに彼は黄金聖闘士であり、出会った当時既に黄金聖衣を許されていたのだという。あの昏い小宇宙が黄金聖闘士のものだとは、初めて聞いたときには到底信じられはしなかった。
 かすかな興味を覚えたものの、彼に再会するまでには結局随分長い時間を要することになった。年齢はひとつしか変わらなかったのに、なぜかわたしは彼とすれ違ってばかりだった。修行期間もずれていたし、彼のほうでは弟子の育成だといって随分長いことサンクチュアリを離れていたこともあった。任務につく時期もばらばらで、まして共闘したことなど――黄金聖闘士の時には、一度もなかった。
 親しく話す機会もなく、また特に親しくなりたいとも思わなかったので、彼に注意を払うことはほとんどなかった。彼の昏い小宇宙とともに、彼がわたしに何を言おうとしていたのかということだけは少し気になってはいたが、彼の笑い方やなにかからおそらくからかいの言葉か何かであったろうと思われたし、全体としてあまりいい印象は持てなかったのだ。