...mattina...
コツ、コツ。
控えめでいながらいやに主張しやがるノックの音に、俺は眠い目をしばたたいてのろのろと起き上がった。
誰だよ、一体。こんな朝っぱらから人の家を訊ねてくるなんて、どうせろくでもないヤツに決まってる。
「どちら様」
半分眠ったままで開いた扉の向こうには、見知らぬ男が立っていた。
堂々とした風格の、とんでもない偉丈夫だ。あちこちにちらばりそうな短い黒髪をキャップにおさめ、スネイク柄のパンツにド派手なロングジャケットを着崩して、そんななりなのにちっとも粗暴なふうにならない。理知的で力のある黒い眸で、腕を組んだまま、じっと俺を見据えている。
誰、こいつ。
「レオーネ・アバッキオか」
「あんた誰」
「空条だ。日本から来た」
男は名乗ると、無愛想な口許にほんの少しだけ笑みをうかべてみせた。慇懃な微笑なんかじゃあまなざしの鋭さは消えないが、意識の奥底に働きかけるような、ひそやかな色気が滲み出した、ような気がした。彼をとりまく朝の光が、妙にきらきらとして見える――そんなことは今どうでもいい。
日本人って言った? 一体何が目的だ。
「で、こんな早くから、クージョウさんが何の用」
「この男を知ってるか」
彼が差し出した写真には、金髪の巻き毛にきらきらと華やかな光をまといつかせた、これまた威風堂々たる偉丈夫がうつっている。
どこかのパーティで撮った、ないしは撮られたものだろう。目線はこちらを向かず、誰かと談笑でもしてるのか、ごく自然に穏やかに微笑んでやがる。スプマンテのグラスを片手に、フルオーダーのタキシードを寸分の隙なく着こなして、……まったくもってなんて嫌味な男なんだ。クソ。
「知らねえな…誰」
「ある新興企業グループの社長なんだが、実はギャングのボスらしい」
「へえ」
「素性も知らないで寝てたのか」
「っ!!」
……クソ、何だこいつ。何が目的なんだ。
「そうか、やはりおまえもスタンド使いなんだな、レオーネ」
あんたもかよ。俺は舌打ちしたくなった。こんな怪しい男、スタンド使いでないはずがないってのに。俺は不用意にスタンドを出してしまったことを後悔した。男はそんな俺を冷たく見下ろしながら、悠然と腕組をとき、右手をポケットに無造作につっこむとニヤリと笑った。
「ビビる必要はないさ。お前とやり合う気はない。今のところはな」
ビビってなんかねえよと返そうとした俺は、男の踏み出した一歩にぶざまに言葉をつまらせた。
黒い眸が、すっと近づく。
「お前もわかっているだろ? スタンド使いはひかれ合う、ただそれだけのことだ。俺がお前に会いに来るハメになったのも、いわば『必然』だ」
男は更に、俺に顔を寄せて囁くように言葉をつむぐ。
「だが、奴は――傍に寄せる人間を自分で『選択して』いるようにも思える。だから、」
奴、って。
口の中で退却した俺の問いは、男の耳には届かない。
「確かめに来たんだ。この目で」
何を、だ。
完全に言葉を失った俺は、ぼんやりと男の顔をみつめた。
古い傷跡が、黒い髪にはねる光が、強い眸が。
きらきらしてる。
きらきら、し過ぎだ。
同じようなきらきらを、つい最近どこかで見たような気もするんだが……ああ、そうか――
「やはり、俺は似ているのか?『彼』に」
「は……」
俺はまたしても言葉を失った。なんなんだ、こいつ。何を言って、何を知ってやがる。奴、とどういう関係だ?
ぐるぐるとまわる俺の頭に、軽い電子音がきこえてくる。男は胸から携帯電話を取り出すと、メッセージを確認してため息をついた。
「時間だな。俺はもう行かねばならん。また会おう、レオーネ」
「……ま、待てよ! あんた、一体」
「それはおいおいわかるさ。ああ、それと」
「何だよ!」
「ハッピーバースデイ。よい誕生日を」
「……あ」
すっかり、忘れてた。
(きらきらきら/月汐クロエ)