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ぼくはバイオリンケースを持って、真行寺くんと連れ立って温室にむかった。
はじめは戸惑いがあったけれど、バイオリンに触れると懐かしくて、思った以上に楽しくて楽しくて、つい何曲も続けて弾いてしまった。一息をつこうと弓を降ろすと、真行寺くんが拍手をくれた。
「葉山さんはいつもうまいけど、今日は一段と素敵っす」
「や、そんな、ありがとう」
でも確かに、下手は下手だけど、何年も弾いていなかったという感じではなかった。三年生のぼくは、本当にバイオリンをまたはじめていたんだなあ。バイオリンを弾いている三年生のぼくの体で、バイオリンをやめた一年生のぼくの気分で弾くものだから、体は久々ではないのに、心では久々にバイオリンを弾いたような気がして、気持ちはどんどん弾きたいし、技術も一応は追いつくので、だからすごく楽しかったのだ。
「ありがとう、真行寺くん」
バイオリンを弾くことをすすめてくれて。
「こちらこそ、素敵な曲を聴かせてもらって、ラッキーっすよ」
真行寺くんは本当にうれしそうに笑ってそう言うと、少し俯いた。
「葉山さん、リクエストしてもいいっすか?」
「うん、ぼくの知っている曲なら」
「タイトル、知らないんだけど、うーんと、たぶんクラシックで、最近よくCMで流れて……あ、そっか、最近の曲じゃ葉山さんわかんないか」
「クラシックならわかるかもしれないけど、どんな曲?」
簡単に口ずさんでもらい、弓をあてながら音を探し、メロディをつなげてみる。
「や、無理なら、いいっす、すみません」
「うん、でも思い出せそうだし、思い出せたら、なにかの記憶にもつながるかもしれないし」
とりあえずサビらしき部分の全体を追いかけて、真行寺くんを振り返る。
「こんな感じ?」
「うん、バッチリ」
では、と、通して弾いてみる。
ああ、うん、きれいな曲だ。
わかった部分を弾き終わって顔をあげると、真行寺くんがすぐ近くに立っていた。その真剣な表情に、何かマズかったのかな、と思っていると、突然抱きしめられた。
「わっ」
「ありがと、葉山さん」
「う、うん」
「俺、葉山さんが好きです」
——え?
ぼくはドキリとして、真行寺くんの顔をを見上げた。
真行寺くんはえへへ、とてれくさそうに笑って、もう一度くりかえす。
「俺、葉山さんのこと、すっげー好きです」





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