「結局、思い出したきっかけはサン=サーンス?」
「うん、そうなる、のかな? この夏ずっと弾いていた曲だから」
「ギイと一緒に?」
不意打ちに頬が赤くなる。
ぼくの隣に座った野沢くんは屈託なく笑い、ぼくを覗き込む。
「やっぱり? そうだろうと思ったんだ」
「え、どうして?」
「どうしてって、……あーあ、やっぱギイにはかなわないかなー」
「え?」
「ま、しょうがないか」
野沢くんはよっとはずみをつけて椅子から立ち上がり、
「記憶のあるなしに関係なく、これからも俺は葉山くんの味方だから。何かあったら、頼ってくれよ」
野沢くんは整った顔できれいに笑いながらそう言うと、追って立ちあがったぼくの手をとって、きゅっと握った。
「あ、ありがとう、野沢くん、あ、あれ?」
握り返した手を開こうとするも、野沢くんの手はなかなか離れようとしない。どころか、両手で握りこまれてしまった。
「葉山くんの手って、きれいだよね。弦楽器やってて、タコとか出来ない? あ、こっち右手だからかー、あははは」
「あ、あは……あの、の、野沢くん?」
「ふふ、冗談冗談」
あ、あの、そろそろ手を離してくれないかな……?
-the end [no. 4]-
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「なーんか結局おいしいところだけ、ギイに持ってかれた感じ? いいんだけどね」
野沢くんはなにやらそうつぶやくと手を離し、
ぼくの手には「 e 」と書かれた赤紙が残った。
「友情のしるしってことで、受け取ってよ」
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