無人の音楽室で、野沢くんはブラバンとぼくとで演奏する予定の曲の総譜を見せてくれた。それはあるバイオリン協奏曲のオーケストラ部分を吹奏楽用にアレンジし、長さも短縮したものだった。
「野沢くんが編曲したのかい? すごいね」
「編曲なんて、そんなたいしたことしていないよ、俺は」
感心して楽譜を見ながら、とても申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね、野沢くん。せっかくそこまでしてくれたのに、ぼくがこんなことになっちゃって」
もしもこのまま記憶喪失が治らなければ、文化祭での共演なんてとても無理だろうし、野沢くんはせっかく編曲したこの曲をあきらめ、プログラムを変更しなければならなくなるだろう。
「葉山くんのせいじゃないだろう? それに、もしかしたら」
野沢くんは、そこでにっこり笑う。
「記憶は失っても、体は覚えているかもよ?」
「え?」
「ほら、たとえば」
野沢くんはぼくの右手をとり、両手でつつむように握る。
「の、野沢くん?」
「こうしてると、何か思い出さないかい?」
「な、何か、って、あの、」
そう言われても、握りこまれた手にただびっくりするばかりで、ぼくはしどろもどろになってしまった。
「ご、ごめん、ちょっと、わからない、みたい」
ぼくの正直な答えに、野沢くんは少し首を傾げ、屈託なく笑って言った。
「そりゃそうだよねえ、葉山くんにこんなことしたの初めてだし」
——へ?
「あ、あの!?」
ぼくは目をしろくろさせながら、にこにこ笑っている野沢くんを唖然として見つめる。
どうしよう、野沢くんがわからない。
「まあ、それは冗談として。葉山くん、これ演奏してみない? 何か思い出すかもしれないし」
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