三洲くんはわざわざ野沢くんを270号に呼んで来てくれて、野沢くんも階段長ならば忙しいのだろうに、わざわざ部屋に来てくれた。
生徒会の仕事を途中にしてぼくを迎えに来てくれたらしかったので、三洲くんには仕事に戻ってもらう。
しかし、なんだか、ぼくごときに生徒会長や階段長がこんなに親切にしてくれるだなんて、うまく信じられないよ。この二年間、ぼくはどんなふうに過ごしていたんだろう。
「葉山くん、大丈夫かい?」
「う、うん、ありがとう。体のほうはなんともないんだ」
「困ったことがあれば、何でも相談してね」
「ありがたく、早速質問させてもらいたいんだけど、えっと、野沢くん、ブラバンの部長なんだって?」
「うん、文化祭で引退だけどね」
夏の大会を目処とする運動部とは違い、文化部は引退が遅いのだ。
「ぼくがブラバンと一緒にバイオリンを演奏する予定になってるって、三洲くんに聞いたんだけれど」
「そうなんだよ。文化祭で葉山くんにも一曲だけ参加してもらおうってことになってて、週に二回だけ部活に来てもらってたんだよね。葉山くんはそれの個人練習とか、受験のこととかもあるし、部活がない日は温室で練習してるって言ってたよ」
「そうか、それでぼくは昨日、温室にいたんだね」
辻褄の合う説明にうんうん、と頷きながら、はたと気になった単語について聞いて見る。
「受験、って?」
野沢くんは目をぱちくりとさせて、ああ、と気がついたように頷いた。
「うん、葉山くん、音大を受験する予定だから」
「……音大!?」
それって、かなり、ムボーなんではないだろうか、ぼく……。
しかしともかく、ぼくはこの二年間に、バイオリンを再開し、謎のバイオリンを入手し、ブラバンと共演しようなんて決心し、さらには音大を目指すまでに(まあ、目指すだけなら誰にでもできるけれど)なっていたらしい。
どうやら、ぼくにかなりの環境と心境の変化があったことは確かなようだけれど、でもまだ何か見落としているような気がする。
ぼくが考え込んでいると、野沢くんは時計を確認し、少し小首を傾げてぼくに言った。
「今日は部活はない日なんだけど、ついでだし、ちょっと音楽室に行ってみるかい?」
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