電話はそれきりだったようで、五分以上たっても二度目の呼び出しはかからなかった。
外ではいつの間にか雨が降り始めたようだった。窓の外の青い闇を眺め、三洲くんどうやって戻るんだろう、傘でも持っていってあげようか、などと考えていると、ドアにノックがあった。
「赤池くん」
「準備が出来た。行くぞ、葉山」
少しいたずらっぽい笑みに、若干不安になりつつも、ぼくは赤池くんについて廊下に出た。
「どこに行くの?」
「だから、行ってからのお楽しみ」
階段を登り、一番端の部屋……って、ここ階段長の部屋じゃないか。三階長って、誰なんだろう?
ドアにかけられたプレートには、外出中の三文字。
「誰の部屋だか知らないけど、不在じゃないのかい?」
赤池くんはそれには答えないで、ノックもなしに扉をあけた。
「ギイ、連れてきたぞ」
——え?
ギイ、って、まさか。
赤池くんの開けた扉の先には、ギイ、こと崎義一が立っていた。
ギイ、随分背が伸びて、髪が短くなって、すごく大人っぽくて、一年の時より、なんだか……
ぼくが動けずにいると、ギイは済まなそうな顔で口をひらいた。
「託生、ずっと行けなくて悪かったな。体調はもういいのか?」
——は。
託生って、ぼくのこと?
や、他にいないんだけど。
「じゃ、そういうことで」
言葉も出せずにいると、赤池くんはにやにや笑いながら、ぼくをゼロ番の中へ押し込んで、さっさと廊下へ出ていこうとした。
って、冗談じゃないぞ。一体なんなんだ、この状況!
「ま、待って、赤池くん!」
「なんだよ、葉山。僕はもう十分に働いたと思うぞ」
「だって、どうして! 何がどうなってるんだい? なんで、崎くんがぼくに……」
ぼくの悲痛な訴えをきれいに無視して、赤池くんは「じゃあな、葉山」と言い残して出て行ってしまった。
どうしよう。ぼくが狼狽していると、崎くんはため息をついた。
「たーくーみ、お前はなんでそうやってすぐオレ以外の人間を頼るんだ。島岡や章三がそんなにいいか? オレは淋しいぞ」
「さ、崎くん、何を」
「ギイって呼べよ」
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