「そうか、一年秋までの記憶はあるんだ」
赤池くん、は、春巻を食べながら感心したようにそう言って、繰り返し頷いた。
ぼくはふたりの話をききながら、黙々と食事をするふりをしている。
三洲くんとは一年生の時には全然面識がなかったからまだよかったけれど、赤池くんのことはなまじ面識だけはあるので、なんだか返って居心地がわるい。ぼくは特に彼と親しかった記憶がないのに、彼はぼくに親しげに接してくれるのが、なんだか、ちょっと……
「なんだよ、葉山」
「え?」
「落ち着かないって顔してる。僕が居て迷惑だったか?」
ぼくの動揺は、簡単に赤池くんに気づかれてしまったみたいだ。
「そ、そんなこと、ない、よ」
「去年から随分面倒を見てやってたのになあ、薄情者」
「え、そ、そうなんだ、ごめん」
「そうなんだよ。葉山は好き嫌いは多いし、古文も英語も体育も苦手だし、いつもぼーっとしてるし、まったく手がかかるったらないんだよな」
「う……」
な、なんだか……あの赤池くんに、こんなにぼくの素性(?)がバレているなんて。気はずかしいやらびっくりするやらで、返す言葉もございません。
「赤池、それ以上いじめるな。葉山がおびえているぞ」
「いじめてないぞ。な、葉山?」
三洲くんの言葉にむっとして、赤池くんはぼくに同意を求めるのだけれど、うまく返事ができなかった。赤池くんと急に打ち解けろっていうのは、ぼくにはかなりむずかしいことなのだ。返答に困っていると、また三洲くんがからかうように言った。
「ほら赤池、葉山が怖いって」
「怖い? 僕が?」
赤池くんは不服そうに言った。
「ちが、怖いとか、そういうんじゃないんだ。ただ、その……」
ぼくはあわててフォローしようとしたけれど、うまい言葉がみつからない。
「その、ちょっと、慣れない……だけだよ」
つたないぼくの言葉を黙って待っていてくれた赤池くんは、やさしく笑って頷いてくれた。
「わかってるよ、葉山」
それで、にぶいぼくにもやっとわかった。
赤池くんは、一年の時のぼくの「人間嫌い」ぶりを忘れてなんかいない。
それでもたぶん、今の——三年生のぼくへと同じように、接してくれてるんだ。
さっきからずっとぼくをからかっているけれど、きっとやさしい人なのだ、赤池くんは。
食事を終えると、三洲くんは彼を捜しにきた生徒会役員に、どうしても今日中に済ませなければならない仕事があるからと呼ばれ、生徒会室へ向かっていった。赤池くんとぼくは三洲くんを見送って、お茶を飲みながら話をしている。
「三洲も忙しい奴だな」
「うん……、ぼくのせいで仕事の邪魔しちゃったのかな」
「記憶喪失は葉山のせいじゃないだろ、仕方ないさ」
赤池くんはそうぼくをなぐさめ、にっこり微笑んだ。
「葉山、ひとりじゃ不安だろ? 三洲が戻るまでつきあってやるよ。これからどうする? 人に会いたいんだったら、談話室にでも行ってみるか? それとも、部屋に戻るか?」
1