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   から騒ぎ◇◆◇◆◇






 その日は梅雨らしいと言えば梅雨らしい日で、雨が降っているのにいやに蒸し暑い日だった。
 授業が終わり放課になると、ギイこと崎義一はテキスト類をまとめながら窓の外を見て、今日は一日中雨、の予報どおりにいまだ雨が降り続いているのを確認し、軽くため息をついた。タイをゆるめて湿気と汗に重くなったシャツの首元をくつろげ、はたはたと掌で風を送り無駄な抵抗を試みるも、効果はあまり期待できたものではない。
 部屋に戻る前に冷たいものでも飲みたいと考えて、ブックバンドでまとめた荷を手にして、クラスメイトの赤池章三に声を掛けた。
「葉山は」
「委員会」
 さらりと答えたギイに、章三は呆れ顔を返した。
「何をふててるんだ。お前が副級長なんて押し付けるからだろう」
「誰がふててるって?」
「お前だよ、お前」
 じゃれあいながら連れだって教室を出て、寮の談話室に向かう。歩きながらふと章三が思い出したように言った。
「あ、そうだ。柴田先輩も合流するかもしれない。別に構わないだろ?」
「オレ、もしかして邪魔か?」
「馬鹿、下らんこと言うな」
 章三の言葉通り、寮に戻った所で一級上の柴田俊と合流し、三人となって談話室に向かう。まだ放課まもない時間の談話室は、貸しきり状態だ。当たり障りの無い雑談をしつつ、ソファに向かい合って座ると、めいめいここに来る途中で購入した飲み物に口をつける。冷たい缶コーヒーを一気に半分飲んでほっと息をついたギイに、柴田がさり気無く話を向けた。
「崎君、今日は葉山君と一緒じゃないんだね」
 皆感想は同じなのか、とギイは複雑に思いつつ隣りをちらりと見遣ると、章三もこっそり苦笑いしている。内心は押し隠して、ギイは柴田に向かってにっこり微笑んだ。
「生憎、今日は託生とは別行動なんです。たまには章三の相手でもしてやるかと思ったんですけど、二人のお邪魔をしてしまったみたいで、すみません」
「えっ!」
 柴田は端整で落ち着いた顔に驚きの色を露わにして、すぐにかあっと赤くなった。
「じゃ、邪魔だなんて、そんなことないよ! ね、ねえ赤池君」
「は!?」
 何故そこで自分にふるのか、とこちらも驚きの章三が、あわててフォローに入る。
「え……? ええ、はい、そうですよね、大歓迎ですよね」
 笑いに誤魔化しながらの章三の言葉に、柴田は大いにショックを受けた様子で手の中の紅茶缶に視線を落としてしまった。
「だ、大歓迎、なんだ……やっぱり、俺と二人で喋っててもつまらないかい、赤池君は」
「いや……、誰もそんなこと言ってないでしょうが」
 取り残された体のギイは、二人の珍妙なやりとりを呆れて見守った。もはや何処から突っ込めばよいのか分からず、ここは一足先に逃げるべきかもしれないと、とりあえずコーヒーをやっつけるためにコーヒー缶を傾ける。
「ああ、そうだ。葉山君と言えば」
 突然顔をあげた柴田の言葉に、ギイは缶を取り落としかけた。
「最近、すごく人気ものだよねえ」
 更に続けられた言葉にまたショックを受けたのか、黙り込んでしまったギイに代わって章三が間に入る。
「し、柴田先輩、その……葉山が、ですか?」
 何故か焦りまくっている章三に頷いて、柴田は暢気な声で話し続ける。
「うん? 何だか、先月の終りくらいから三年生の間で人気急上昇なんだよね。俺の知っている範囲でも、ファン宣言した奴が何人か居るんだよ。確かに葉山君、崎君とルームメイトになってから、すごく雰囲気よくなったものね」
 ギイのこめかみに、ビキリと音がしそうな勢いで青筋がたった。
 そんなギイを、怯えたような顔で章三がちらちら見ている。しかし柴田は気付かぬ気ににっこりと微笑んだ。 
「俺もよく図書室で会うんだけど、いい子だよね葉山君……ところでね」
「何ですか?」
「葉山君って、恋人は居るのかな」
 ギイのこめかみに二つ目の青筋がうかんだが、章三は衝撃のあまり、三人の中間に位置する地雷地帯にまっすぐにつっこんでいった。
「あの!」
「なに?」
「その、柴田先輩、ま、まさか、葉山のことを……」
「あ! ち、違うんだよ、そうじゃないよ」
 柴田は慌てて手を振って、あらぬ疑いを否定する。
「あの……、実は、俺のクラスの森山が、ね。同じクラスの赤池君なら知ってるかもしれないから、聞いてみてくれって、頼まれていたんだよ」
 少し困ったように笑って、柴田は独り言のように小声で続けた。
「なんだか葉山君のこと、随分と興味持ってるみたいで。出身県が一緒だとか言ってたかな。……森山って意外と熱しやすいたちだから、俺はちょっと心配なんだけどね」
 心配、だけでは表わしきれない、複雑な表情の柴田を見て、章三はつきり、と胸が痛んだような気がした。おや、と思ったのも束の間、唐突に立ち上がった相棒にまたすぐドキリとさせられる。
「どうした?」
「用事を思い出した。悪い、先に。柴田先輩、失礼します」
「ギイ」
 硬い表情で、それでもにっこりと柴田に微笑み、すぐに談話室を出て行こうとするギイを引き止めて、章三はアドバイスの形をかりた瀬踏みをする。
「森山先輩のことなら、奈良先輩が詳しいぞ。ですよね、柴田先輩」
「あ……うん、あの二人、結構親しいよ」
「知ってるよ」
 そう一言言い捨てて、まるで嵐のように勢いよく去っていく相棒の後姿を、章三は呆れて見送った。
 思ったとおり、だ。これから階段長をつかまえて、恋敵の情報収集か。全くご苦労なことだ。
「崎くん、相変わらず忙しいんだねえ」
 柴田ののんきな声に意識を引き戻されて、章三は章三で、目の前の人から情報収集をしようと思った。
「あの、柴田先輩」
「なんだい?
「本当なんですか、さっきの話。森山先輩が、葉山が好きだって」
「ああ、……そうなんだよ。もう、葉山君フィーバー、って感じ。やれ動きがとぼけててかわいいだの、好き嫌いが多いらしくてそれがかわいいだの、廊下で躓きかけてたのがかわいいだの、始終俺に言ってくるんだ」
 森山の発言内容にも若干の衝撃を受けつつも、それを話す柴田の声音と苦笑に妬いたかのような色を見て取って、章三はああやっぱり、と思った。
 遅かれ早かれ柴田は森山に目を向けるだろうと思っていたが、まさかこういう形でとは思わなかった……
「柴田先輩、拗ねてるんですか」
「え?」
 きょとん、と章三を見返す柴田は首を傾げて困った顔をした。
「俺が? どうして?」
 とぼけているのではない、本当にわからない様子の柴田に、章三は少し微笑んだ。
「仲良しの森山さんが葉山に夢中で、面白くないんでしょう」
「違うよ、そういうんじゃないよ。俺はただ、森山が……受験生だっていうのに、あんまり浮かれているから、少し心配なだけだ」
 だって、と目元を赤くして、柴田は章三から視線をそらした。
「……だって俺が好きなのは、赤池君なんだから」
 あまりの直球剛速球に、章三はまたしてもくらくらとした。
「あのね、……むきにならないでください、柴田先輩」
「むきになってなんか、いない。俺は君が好きだって、前にも言ったじゃないか、それを」
「まあまあ、ちょっと落ち着きましょうよ」
「……信じないんだ、赤池君」
「信じる信じないじゃ、なくてですね」
 章三が好きだ、ということを事実としていいつのる柴田に、章三はたじたじとなった。
 この先輩は、時々こうして猪突猛進の人なのだ。
 思わずため息をついてしまった章三に、更にむっとした様子の柴田は、向かい合う形になっていたソファを立って、章三の隣りに座りなおした。
「証拠を、見せるよ」
「証拠、」
 ふわり、と端整な顔が近づいたかと思うと、章三はひたいにひかえめなキスを受けていた。
 随分と遠慮がちなんだな、と離れていく唇を名残惜しく思ってしまい、そんな自分に焦って章三はわざとつっけんどんな声を出す。
「……これが証拠、ですか」
「く、口に! していいって言うんだったら、するけど」
 顔を赤くしながら、柴田はまた大胆な言葉をかける。その頬が思い切ったら早かった行動には見合わないほどに赤くなっているのを見て、かわいいな、とごく自然に思い章三はハタと気づく――かわいい? おかしい。おかしいだろ、それは。男同士だぞ。かわいいなんてヘンだし、大体先輩に向かって失礼だし。僕は何を考えているんだ一体!
 動揺して黙り込んだ章三の目の前で、柴田が手をかざして反応を確かめた。
「赤池君……?」
「……だ、駄目です!」
「え?」
「駄目! 駄目です!」
 何が、とも言わずそうくりかえす章三に、柴田はみるみるしおれてしまう。
「そうか、駄目、なのかい……」
 明らかにがっかり、という様子の柴田にますます同様しながら、かわいそうだと思ったら負けだ、と章三は心の中でしきりに自身に言い聞かせていた。












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 どうもこうもない空騒ぎですな。あんまりイレギュってなくてすみません…。
 実は元々ギイ・章三のから騒ぎという形で書こうと思って書きかけていたお話だったのですが、いい機会かなと思ったので柴田+章三の部分だけで終わらせてみました。そのなごりで、前半にギイが出張ってしまっていますが。
 柴田さんに甘える章三が好きです。なんかこう、まっすぐに甘えるんではなく、からかったり失礼なこと言ったりするのが、他の先輩に対してはこういうこと言わないんだろーなーとか思うと、かわいく思えてしまいます。

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