……というのはどう考えてもウソだなと、その夜風呂に入りながらまた考えた。
ウソでなければ、おためごかしってヤツだ。おためごかしなんていう言葉は一生使う機会がなさそうだと思ってたけど。
倒れかかってきた葉山を抱きとめたのも、恋人のフリをして手を引いたのも、友人としての行動だし、もちろん下心だってない。そこにウソはない。
それでも、僕は他の友人とそんなことになったためしは一度だってないし、そんな友人は今まで一人だっていなかった。
三洲と同じだ、ルームメイトなんて言葉でごまかして、覆い隠してはいるけど、あいつが他のルームメイトにあんな触れ方するはずはないんだ。全然道理は通っていなくて、僕らどちらも、ただの言い訳だと思う。
だから、たぶん──パンドラの箱は、「抱き枕」じゃなくって、「偽装彼氏」でもなくて。
おそらくは、葉山自身なのだ。
今日の理容師もそうなんだけど、なんでか葉山は一部の人間に非常に好かれる体質らしい。以前からそうなのか、ギイと付き合うようになってからなのかは、よく知らないけど。
一部の人間──その筆頭はもちろんギイなんだけど、正直、なんであのギイがあんな平凡な葉山に惚れたのか、去年の僕にはよくわからなかった。何人かの上級生が葉山に関心や好意を持っていたなんて話を聞いたりだとか、二年になって葉山と妙に親しくなっていった同級生を見たりだとか、そんな機会が増えるごとに、やっぱり僕にはよくわからなかった。
でも、わからないものを考えても仕方がない。誰かが好きなものを、どこがいいのかとか好きなのかとか、そんなふうに教えてもらっても意味がないことも多い。好き、という感情は、理解では追いつかないからだ。
ただ、そういう部分は僕にはわからないけど、僕にとってもあいつは変わった友人で、意外といいやつで、面白くて──結局、僕自身も友人としてではあっても興味を引かれるようになってしまったのは確かで。
だから、やっぱりあいつ自身がパンドラの箱だったのだと思うんだ。
箱のふたをかろうじて抑えているのは、葉山のために、という符牒だ。ぎりぎりのところで、葉山のため、の、つもりなのだ。僕も、たぶん三洲も。
そう思えば、この符牒を共有してない人間が葉山に近くよりは、葉山のためにと思っている三洲や僕が側にいるほうが、はるかにマシだろう。今日みたいに。
それともこんな考え方も、おためごかしってヤツなのかな。
夕食後の談話室は、そこそこに賑わっていた。目当てにしていた映画の放映が始まるのを待って、近くの友人と雑談しながらのんびりしていると、入口から葉山が顔をのぞかせた。
「あ、赤池くん居た……話し中?」
「うん、まあ。この後やる映画を見ようと思って。どうした?」
「昼間出た生物の課題で、打ち合わせたいことがあって」
「ああ、あれ決めないとな。今話そうか」
「いいのかい?」
「まだちょっと時間あるし、相談、早い方がいいだろ」
一度見たことのある映画で、暇つぶしで来ただけなのだ。僕は葉山のためにすこしずれて、隣りに座って話が出来るようにしてやった。葉山は少しためらったけれど、結局僕の隣りに座ってプリントを広げた。ペアでの実験と調査の課題なので、互いの分担を打ち合わせながら、けれど葉山は次第に言葉少なになっていった。
「で、……葉山?」
返事が全く返ってこなくなったことに気がついてプリントから顔を上げると、葉山はまっすぐに前を見つめて固まっている。
「あかいけ、くん」
「どうした? ……おい、葉山?」
目が見開かれ、少し震えている。僕は驚いて、何かの発作だろうかと身構えた。
やがて葉山は、僕の方を見もせずに、声をふるわせた。
「……これ、この映画って、もしかして」
「は……?」
そこで僕はやっとテレビ画面に目をやった。見ようと思っていた映画は既に始まっていた。
今日放映されているのは、少し前に話題になったホラー映画の有名タイトルだ。以前見たことはあるけれど、伏線が巧く活きている作品だったので、もう一度見てみようかなと思って来たのだ。
随分話題になった作品なので、葉山も役者や雰囲気でその映画だと気付いたようだ。
「これ、ぼくは見たことないけど、あれだよね?」
呟かれたタイトルを肯定してやると、ちらりとだけ僕に非難がましい視線をおくり、また画面を見つめに戻る。
「なんでこんなの見てるんだよ」
「何でって」
「……だって、ほら……ホラーじゃないか」
なんだ、洒落か。
僕はため息をつき、すぐに苦笑した。
「わかったよ。嫌なら、場所を変えよう」
「や、でも」
「僕は見たことがあるから、もういいよ」
そうじゃなく、と葉山は相変わらず画面を凝視したまま首を振った。
「そもそも、怖いんならどうしてそんなにじっくり見てるんだ」
少し黙って目を細め、小さな声で呟く
「……目を逸らしてる間に、画面から、何か……出てきちゃうかもしれないじゃないか」
古井戸恐怖症か。
高校生にもなって、という気もしたが、でもまあ葉山だから、と諦めた。
だから、何か出てきてしまうといけないので最後まで二人で映画をしっかり見て、途中で何かに襲われるといけないので部屋まで送ってやった。流石に恥ずかしそうに礼を言いつつ部屋に入ろうとした葉山は、鍵がかかっていることに気付くとはっと顔を上げた。
「しまった」
「何? カギ、持ってないのか?」
「カギはあるけど、三洲くんがいないんだ」
「……三洲が戻るまで、付き合おうか?」
「……戻ってこないんだ」
「ああ、しん……」とその名を言いかけてすぐにやめ、僕はさらに声をひそめた。「……ギイは」
「や、こんなアホなことで、そんな……さすがに、それは」
ああなんだ、自分のアホさはわかっているのか。
僕は妙に納得すると、むしろすがすがしい気分になった。
葉山をつれて僕の部屋に戻り、自分の就寝準備をして、ふたたび葉山の部屋に連れだって向かう。葉山の謎の出待ちと僕の外泊の理由を、もちろん三洲の秘密は伏せて話したら、同室者には爆笑されたけど、要するに、それで済んでしまう関係だということだ。
一人になるのが怖いのだろう、そそくさとシャワーを済ませた葉山が戻ってきて、僕は持参していた本を閉じた。座っていた葉山のデスクチェアから立ち上がり、あくびを一つ。
「寝るか」
「そうだね。小さいあかりって、つけててもいい?」
「ああ、構わないよ」
返事をしながら僕は、三洲のベッドに視線をやる。
「今更だけど」
「うん?」
「断りなく使うのは、ちょっと気がひけるよな……居ないのは、あいつが悪いんだが」
「そうか、そうだね。三洲くんも、赤池くんが使うのなら気にしないとは思うけど……あ、そうだ」
ひらめいた、とでもいいたげにぱっと顔を明るくした葉山に、なんとなく嫌な予感がする。
「ぼくのベッド、使う?」
「え? 僕がそっちに寝て……葉山はどうするつもりなんだ?」
「や、一緒に」
…………は?
「赤池くんがいやじゃなければ、だけど」
………………はい?
「……狭いだろ。シングルベッドだぞ」
「狭いかな。ぼく、意外にも寝相はいいんだよ」
一体全体、何を言い出すんだ……。
僕はため息をついた。三洲のベッドカバーを引き上げかけ、ふとそのことを思い出す。
「でもそういえば、うちにギイが遊びに来たときは、僕のベッドで一緒に寝たっけな」
「そうなんだ」
「うん」
友達、だから。
別に同じベッドに寝ても、おかしくはない。
友達だから。機械仕掛けのように首だけでそちらに向くと、葉山と視線があった。かちり、と照準があう音が聞こえたような気がした。向き直って、三洲のベッドカバーを元に戻す。振り返る。
どうぞ、と自分のふとんを持ち上げた葉山に黙って従い、なるべく端によって体を横たえてみた。
葉山はちいさく首を傾げると、後ろを向いて部屋の明かりを消した。豆電球のほのかな赤い光だけになる。薄暗い中、僕の隣りに潜り込んで、もぞもぞと体勢をととのえる葉山に、僕はそっと声を掛けた。
「おやすみ」
「おやすみ……赤池くん、今日はありがとう」
……いや、やっぱりおかしいよなこれ?
ーーー
思春期です。
なんだか章三+託生というより三洲が危ない。
今更ながら、祠堂の散髪事情ってどうなってるんだろう、と思いました。
章三とギイが一緒に寝ていたのは、漫画版だけだったかもしれません。
タイトルはザ・ピロウズ「スワンキーストリート」の「キミはトモダチ、いつでもすぐに、僕の気分を見抜いてくれるよね、魔法みたいだ」という一節から。いい歌詞なのですが、「友達」の意味を変えて引用してしまったので、ここで歌詞を紹介させていただきました。
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