裏コイモモ
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※なんだか下品で、やっぱり(?)三洲は悪いひとです。すみません。






「最近葉山と一緒に居ると、イライラするんだよ」
 声からも充分に苛立ちを感じられる三洲新のその一言に、赤池章三は目を落としていた書類から顔を上げて、思わずまじまじと相手の顔を見つめてしまった。












・・・・・私をまで連れてって!・・・・・












 初夏の候の、夕まぐれ。
 風紀委員長は、委員会であつめた資料を提出しておこうと、生徒会室に立ち寄った。
 生徒会室ではちょうど役員達も手伝いの下級生も出払っており、我等が生徒会長様が、ひとり仕事に没頭していた。非常にイヤな予感が頭をかすめた風紀委員長はすぐに退出しようと試みたものの、猫の手も借りたい状態の生徒会長がこれ幸いと差し出したファイルに、出口を阻まれてしまった。
「バスケ部が県大に出た年の資料を探して、付箋して」
 手元のPCから目も離さずに言う三洲になぜか逆らえず、章三は素直にファイルを受け取ってしまう。思えばいくら相手が三洲とは言え、一言も文句を言わずに章三が従ったという状況自体、少しくおかしかったのだ。
 しかしその時の章三は、三洲も余程忙しいのだろう仕方ない、僕もヒマなことだし、などと自分に言い訳をして、とりあえず手近な椅子を引き寄せて、いわれたとおりにファイルを開いたのだった。
 急かされているわけではないのでのんびりページを繰りつつ、別のファイルを覗きながらPCに何やら打ち込んでいる三洲の顔を、そっとうかがう。
「忙しいのか、最近は」
「最近も、ね。けどここんとこ、特にたて込んでるかな。夏休み前だし」
「ああ、成る程な」
 祠堂は全寮制なので、長期休暇ともなると、途端に活動が出来なくなってしまうのだ。
 三洲の言葉に簡単に納得しつつ、しかしそれにしても、と、章三は首を傾げる。三洲の表情が、なんだか普段と違ってみえるのだ。疲れているというか、寝不足というか、ストレスがたまっているというか、そんな雰囲気だ。
 少し前まで、音楽鑑賞会の頃も、やはり疲れていたようだけれど、やはり寝不足で、ストレスをためているようだったけれど、それでもこんなふうではなかったのだ。一体何が違うのだろう。
 鳴り響くビープ音に三洲が盛大に舌打ちをしたあたりで、章三は次第に言い知れぬ不安を感じ始めた。
「ああクソ、ったく使えねーなビスタは!」
 最新のOSを口汚く罵倒する三洲に、生徒会は随分金持ちなんだなあと思いつつ、そういえば三洲が汚い言葉を使うのは初めて聴いたかもとも思いつつ、必要以上に力を込めてエンターキーがたたかれる音が響きわたって、章三はビクっと肩をふるわせた。
「あ、あの、三洲……」
「あ? ああ、チェックし終わった? じゃ、次はこっち」
「! あのな、僕はもう……」
「この書類、クラス順にならべて、上から五項目をそっちのPC使ってデータ化して」
 有無を言わさぬ三洲の言葉に最早全く逆らえず、章三は仕方なく新しい仕事に取り掛かった。
 済んだ仕事に礼も言わない三洲に、腹をたてるよりも先に、訝しさを感じてしまう。
 三洲が、いつも穏やかで柔和な生徒会長さまが。
 こんなにとげとげとした雰囲気をまとって、笑いもしないのだ。
 章三はやっと違和感の正体に気がついて、驚くと同時に怖くなった。
 先日までの三洲は、それは疲れていたけれど、眠そうでイライラしているのは周りの友人には明らかだったけれど、それでも下級生や生徒会役員は勿論、章三やクラスメイトに対しても、外面を取り繕うことだけは――少なくともその努力だけは放棄していなかったのだ。勿論、一部の例外を除いて、ではあるが。
 その三洲が、自分の前でこんなにも不機嫌を露わにし続けているという状況が、章三に事の重大さをじわじわと認識させていった。
「あのな、三洲」
「なに?」
「何か……その、あったのか? 僕でよければ、聴くくらいはするぞ」
「へえ。随分お優しいんだな」
「だってお前、ちょっと……」
 いつもと違うぞ、と言いかけて、この素直じゃない男は自分の言葉など聴きはしないのではないか、と章三は躊躇った。
 けれど三洲はその躊躇いにも気付かぬげに、イライラとキイを打ちながら、とげのある声で話しだした。
「じゃあ聴くだけきいてくれよ。最近部屋に居ても落ち着かないし、かといって部屋を出ててもかえって気に掛かるんだ」
「部屋に……、どうして」
「だって最近葉山と居ると、イライラするんだよ、俺」
 章三は聞き間違いかと思い、顔をあげてまじまじと三洲を見た。
 葉山に、イライラ?
 ――それは、正直、わからなくもないけれど。
 葉山のどんくささとにぶさと天然さについては、章三もこの一年ちょっとの間で、よく理解しているつもりだ。
 章三自身はそんな葉山もわりと気に入っているし、それ以上に魅力のある友人であるので、気にしてはいないけれど、そうした葉山をいとわしく思う人間も、もしかしたら存在するかもしれない、とは理性では理解できる。
 けれど、目の前の男がそういう意識でいたとは、全く気付かなかった。
 むしろ自分と同様に、結構葉山を気に入っているものだとばかり思っていたのだ。
 誰にも柔和な三洲の、けれど葉山への少し特別な微笑みや小さなからかいやさりげない親切は、四月からこっち、章三も何度も目にしてきた。あれらの気遣いが上辺だけだったとは、到底思えない。
 では、最近になって、何かがあったのだろうか。
 同室の二人のことだ、章三の知らないところで何かトラブルがあったとしても、おかしくはない。
「最近って、三洲……何か、あったのか」
「何か……ま、ね。あったと言おうか、なかったと言おうか」
「曖昧だな」
「曖昧なんだよ、まさにね」
「葉山が何かしたのか?」
「したと言うか、むしろしてないと言うのか……」
 いつしかキイから手を離し、頬杖をついてぼんやりとディスプレイを見つめていた三洲は、ふう、と小さく息をついた。
「崎の部屋にも全然行ってないみたいだし、話すらしてないみたいだし。何を遠慮してるのかね、まったく」
 確かに、ここのところギイもまた忙しく、葉山の方でも遠慮がちになってしまい、二人が疎遠になっている様子には章三も気づいていた。だが、なぜ三洲がそんなふうに二人のことを気にしているのだろう。
 章三はそこまで考えて、ハタと気が付いた。
「つまり、葉山の遠慮が歯痒くて、イライラしてるのか、三洲は」
 少々意外に思いつつも、章三は謎が解けたと思って安堵した。
 いつの間にか、章三にも意外なほどに、三洲は葉山に感情移入していたということなのだろうか。
 葉山が恋人に会えない状況に、こんなにも苛ついてしまうほどに。
 しかし章三の安堵は、眉をよせた三洲の訝しそうな表情に、すぐに打ち破られた。
「は? 何、それ」
「……って。いや、だから葉山と一緒に居ると、イライラするんだろう?」
「何聴いてたんだ、赤池。俺はそんなことは言っていないよ」
「あれ?」
 結局、やはり、聞き違いだったのか?
 戸惑う章三に、ディスプレイを睨み付けて、三洲ははっきりとこう言った。
「だから、俺は。葉山と一緒に居ると、ムラムラするんだってば」
















 ……何だって?
 三洲は、何をするって?
 ぐらぐらする頭を抱えながら、章三は踏んではいけないとわかっていつつ、また一歩を踏み出してしまう。
「……え、ええーと、それって、つまり」
「想像してみろ。同じ部屋の中で、あんな切なそうな顔で、しょっちゅうため息つかれてみろよ。ぎゅうって抱きしめて、頭をヨシヨシしてやりたくなるのが男ってもんだろう」
「い……いや、それはどうかな……」
「そうしたらそこらじゅうにキスして、ベッドに押し倒すだろう」
「いや……? いや! 待て、待て」
「そうしたらだな、こう、シャツをひらいてあとはもう」
「み、三洲!!?」
 章三の叫び声に、三洲はふと顔をあげた。
「何。何かおかしかったか」
「いや、何かというか、何もかも……」
 変わらぬ表情の三洲は少し首を傾げただけで、また続ける。
「で、まあ、やはりまずいだろう。葉山には一応、崎が居るわけだし」
「そ、そうだな」
 何やら妙な強調があったものの、ようやく章三にもなんとか理解できる話に戻ってくれた。
 全然ほっとしていい場面ではないのだが、それでもほっとした章三に、三洲はまたさらりと言った。
「葉山も、こういうのは困るって言って、赤くなってたし」
「……何だってー!?
 章三は驚きのあまり大きな音をたてて立ち上がり、椅子ははずみで床にころがった。
 驚愕による硬直がとけてあわてふためく章三を、三洲は怪訝に見遣って眉をひそめる。
「何なの、赤池。うるさいよ」
「い、今のは妄想だと思っていたのに! も、もうやったのか!?」
「何もしてないよ、まだ」
「まだって何だ、まだって!」
 三洲は、いかにも残念だというふうに肩をすくめて、さらりと言った。
「ほんと何にもしてないって。ちょっとさわって、出しただけだ」
「!!!!!」
 最早言葉もなく、章三はふらつく頭を気力でもたげ、最も気にかかることを聞いた。
「……は、はやま、葉山は」
「何だ、赤池。葉山葉山って」
「じゃなくて三洲お前、葉山は何て!?」
「ああ、またしようって言ったら頷いてた」
「は!!???」
 章三は愕然とした。
 それでは、葉山も三洲の気持ち、はさておき、行為を受け入れたということなのだろうか。
 それでは、……ギイは、章三の相棒はどうなってしまうのだ。
「じゃ、葉山、ギイと別れるつもりなのか……?」
「何で? そうならうれしいけど」
「だ、だって、葉山はお前と……」
「別にあれくらい、友人同士でよくやることだろ。なんだか葉山も最初驚いてたけど」
「そりゃ驚くだろうっていうか、……よくやるのか? そうなのか?」
 三洲の思考と環境は章三にはよく理解できなかったが、かわいそうに、友人の少なかった葉山は、三洲の言葉にうまくまるめこまれてしまったのだろう。
「まあ、ともあれやっぱりあれは所詮遊びだよ」
「あ、本気、ではないわけだよな……」
 だが、だからこそたちが悪いとも言える。この悪魔からどうやって葉山を救い出そう、と章三は頭をかかえた。そんなこと普通の友人同士はしないのだ、などという情報は、どう伝えても葉山にはショックであることだろう。
「どうしたらいいかな」
 行いの豪胆さに似合わぬ深刻な懊悩の色をたたえた表情で、三洲は深い溜息をついた。
 章三は、気づかわしげに三洲の顔を覗き込む。さっぱり理解ができない存在になってしまったと思ったが、三洲もやはり悩んでいるのだろう。まだ引き返せるうちに――もう既に踏み込みすぎている気もするけれど、とにかく葉山のために、三洲自身のために――そして、章三のためにも――こんなことはやめるべきだと、三洲だってわかっているはずだ。
 章三はできる限りの落ち着いた声音で、三洲に声をかけた。
「三洲、わかってるんだろう?」
「うん、まあ難しいとは思うんだけど」
「は」
「どうしたら、させてくれるかな、と」

 ……何を、とは最早流石に問わず、章三は窓の外に目をやり途方に暮れた。
 できることなら、宇宙船に飛び乗って、月まで逃げてしまいたい。











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 すみません…、と謝るしか…。
 託生が出てこないし…。

 章三は友誼に厚いので逃げられないと思います。

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せりふ Like
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