裏コイモモ
裏コイモモ:トップページへ




※章三がとってもおかしな人になってしまいましたすみません。
※参考:「エクストリーム競技」












 幼馴染の奈美子は僕に、恋人が出来たの、と少し気まずそうに切り出した。
 先日、衣替え休みで帰省した折のことだった。
 僕は一瞬間を置いたものの、へえ物好きが居たもんだ、なんてすぐに軽口を返し、怒った奈美子に改めて、よかったなと笑ってやった。ただそれだけだった。
 奈美子に恋人が出来たということも、それを僕に告げたということも、たいしてショックではなかったということが、むしろ僕にはショックだった。互いに何の約束もしなかったけれど、友達以上の付き合いはしてきたつもりで、たぶん向こうもそうだったと思う。でもこうなってみれば、積み重ねてきたつき合いも互いの感情も、幼なじみの範疇で収まってしまうものだったのだと、やけにあっさり納得できた。奈美子が僕の知らない恋人について語るときの口調や表情が、ああ恋をしているんだなと一目でわかるほどかわいらしかったことと、そこでなぜかふと葉山の顔を思い出して自嘲気味に笑ってしまった自分に気づいたこととで、僕は自分の気持ちにやっと気がついたのだ。
 奈美子が恋人を想うように、ギイが葉山を想うように、葉山がギイを想うように……なのかどうかは、正直わからない。
 なぜなら、彼をギイから奪ってやるだとか、彼に何かしたいとか、逆にしてほしいとか、そういう——何というか、実際的な生々しいことは考えたこともなかったし、今後だって考えたくもないのだ。
 だけどやっぱり、僕は葉山に恋をしている、のだと思う。僕なりの意味あいで、方法で。






◇◆◇◆◇◆◇エクストリーム・チョコクッキー◇◆◇◆◇◆◇







「おかーさん、あのひと白いお砂まいてるよー」
「しっ、ダメよ指さしちゃ」
 のどかな小春日和の公園で、僕は真剣に粉をふるっている。
 何が何やら、自分でもよくわからない。
 ベンチに置いたバターは、いい具合に太陽の熱でやわらかくなりはじめている。
 そろそろボウルに移して、ペースト状になるまで混ぜなければ。
 ホイッパーを慣れた手つきで動かしながら、僕は。


 僕は葉山のことを考える。


 葉山のことはいい奴だと思っている。
 よく知らなかったころは、ただの人間嫌いの変わり者だと思っていた。けど知り合ってみれば、とんでもないおっちょこちょいで物知らずでぼんやりしていて、でもその一方では意外に——それはもう、ものすごく意外なことに——正義感のある熱血漢のおせっかい、だったりもする、そんな奴だった。そして、そんなのんびりなところも、あつい部分も、何もかもが非常に——可愛いのだ。参った。
 だから僕は、そんな可愛い葉山には、呆れ果てた顔しかしてやらないことに決めている。
「何やってんだ、葉山」
「赤池くん」
 昨日の午後のことだった。
 僕が上から声をかけると、葉山は階段の下からぼくを見上げ、情けない顔をした。
「ちょっと手を貸してよ。これ、野沢くんの部屋まで運ぶんだよ」
「手を貸すのは構わないが……だから、なんでお前がそんなもの運んでるんだ」
 葉山の両手には、大量の楽譜とおぼしき冊子や紙やらが抱えられており、階段のそこここには更に大量の楽譜がちらばっていた。
「野沢くん、この倍以上の楽譜運んでたから、ちょっと手伝おうと思っただけなんだよ」
「それは殊勝な心がけだが、それで何でその楽譜が、こう盛大にぶちまけられてるんだ?」
「だからその、つまり、手がすべって……」
 僕はわざとらしいほど大きなため息をつくと、黙って楽譜を拾いにかかった。
「ギイはどうした」
「ギイはね、仕事。日曜の夜まで居ないんだって」
 葉山はちょっとふてくされたようにそう言った。
 僕はさっさと楽譜を拾いあつめ、葉山に振り向いた。
「これで全部、か? 順番、ぐちゃぐちゃだけど」
「仕方がないよ、ぼくが落としたのが悪いんだから。ありがとう赤池くん。この上に、それ、載せてくれるかい」
「どういたしまして。また落としそうだから、野沢のとこまで付き合ってやるよ」
 部屋で大量の楽譜と格闘していた野沢は、疲れた様子だったけれど、微笑みながら僕達の届けた楽譜を受け取った。
「葉山くん、ありがとう。赤池も手伝ってくれたのか、なんだか悪いね」
「いや。葉山のおっちょこちょいのせいでおっことしたから、順番揃ってないけど」
「ああ、それはいいんだ。ところでこれ、お礼。二人で食べてよ」
 野沢に手渡されたのは、有名な洋菓子メーカーのクッキーの袋だった。
 葉山と僕は顔を見合せて、どちらともなしに笑いあい、そのまま僕の部屋へと方向転換した。
 同室者はいい具合に留守だったので、葉山を座らせて茶をいれる支度をする。
「紅茶でいいか?」
「うん、なんでも」
「砂糖とか、いるのか?」
「なくって大丈夫」
 マグカップにティーバッグの簡単な紅茶を入れて、クッキーと一緒に机において葉山にすすめる。
「いただきまーす」
 葉山は紅茶で喉をうるおすと、早速クッキーに手をのばした。ひとくち食べて、ふと目を見開く。
「あ、おいしい」
「そりゃあ、高いからな、ここのは」
「そうなのかい?」
 それじゃあ野沢くんに却って悪いことしちゃったね、と葉山は言った。
「うーん、確かに。言われてみれば、高級な味がするね」
 葉山は妙なことを言いながら妙に納得したような顔をしてクッキーを食べていたが、ふと思い出したように顔をあげた。
「あ、でもクッキーってさ、手作りのもおいしいよね」
「手作り?」
 の、クッキー?
 というのは、何となく葉山と結びつき難い言葉のような気がして、ぼくは首をかしげた。
「うん、そう。あとほら、何て言うんだっけ、中がやわらかい……」
 葉山はひきつづきクッキー談義を繰り広げていたけれど、僕は適当に相づちをうちながら、葉山の手作りクッキーの供給元について考察していた。
 カノジョやクラスの女子にもらった――というのは、葉山に限ってはなさそうだし。母親が菓子作りをする人だ、とか。これもあまり葉山のイメージではないんだけど。
 しかし、そうか。手作りのクッキーか……………………


 ……………………というわけで、僕は今、クッキーをつくっている。
 公園で。
「あれ、どうするつもりなのかしら」
「ここじゃ焼けないわよねえ……」
「っていうか、ちょっと危ないんじゃないの、あの子」
 きれいに馴染んだ生地に、チョコチップを振り入れる。ざっくりと混ぜ合わせながら、僕は完璧な自分の仕事に満足の吐息をついた。
 料理は経験が重要だが、菓子づくりには正確さも必要だ。正確な分量と、適切な処理が成功の元だ……なのだが。
 僕はボウルをかかえて、ため息をついた。
「ああ、やっぱり」
「オーブンがないのよ」
 勢いだけで材料と器材を買い込んで、こんなところでクッキーのたねをつくってしまった。
 僕はいったい、何をやっているんだろう。
「きっと家族に反対されて、おうちを飛び出してきたのよ」
「お菓子作りなんて、男のする趣味じゃない! とか言われちゃって」
「それでこんなところで犯行に及んだのね」
「かわいそう……」
 寮の部屋には当然ながら、キッチンもオーブンもない。
 家庭科室や食堂には設備があるが、そんなところで菓子作りをすれば、忽ち祠堂中の有名人になってしまう。
 それだけならまだしも、事によっては葉山に手作りのクッキーを食べさせたいなんていう、僕の下心まで全校に広まってしまうかもしれないのだ。それだけは、何としても避けたい。
 しかし、これからどうしたものか。
「ねえ、あなた」
「は?」
 顔を上げると、妙に目をきらきらさせた奥様がたが、ベンチに座り込んだ僕をじっと見つめていた。


「わ、クッキーだ。どうしたんだい?」
「……貰ったんだ」
「あはは、二日連続、だね」
 屈託なく笑っている葉山を、昨日と同じように部屋に招いて、今日もまたティータイムだ。
 あれから僕は、やけに親切だった奥様がたの家でオーブンを貸してもらってクッキーを仕上げた。
 お礼としてその大半を置いてきてしまったけれど、代わりにラッピングまでいただいたので、チョコチップクッキーは見た目もきれいに仕上がった。
 紅茶をいれてすすめると、葉山はクッキーを口にしてにっこり微笑んだ。
「ん、これもおいしいねえ。どこのクッキーなんだい?」
 僕は紅茶のマグを手にしたまま、一瞬固まった。
「手作り……なんじゃ、ないのか?」
「えー? や、まさか」
「……え?」
「だってこれ、ちゃんとおいしいじゃないか。きっと売り物だろう?」
 ……は?
 僕は、のんきにクッキーを食べている葉山の顔を、まじまじと見返した。
「ちゃんとおいしいって、葉山……昨日は、手作りクッキーが好きって言ってなかったか?」
「うん……? あ、うん、あれはね、前に家庭科の授業でね、クッキー作ったときのこと、思い出してたんだよ」
 は?
 家庭科、ですと?
「所詮ぼくの作品だからさ、固くって、味も雑なんだけど、自分でつくったんだと思うと、それも味わいなのかなあって思えて、おいしく感じちゃったんだよねえ」
「ああ、そう……」
「でもやっぱり、こういう、ちゃんとしたプロのつくったものって、全然違うよねえ……って、あれ? どうしたの、赤池くん」
 葉山のわかりづらい日本語と、自分の料理の腕とを、ちょっとだけ恨んだ週末だった。












---
 章タクなのかただのギャグなのか、よくわからないものになってしまいました。
 注意書きにもリンクをはりましたが、タイトルはエクストリーム・スポーツのパロディ「エクストリーム・アイロニング」のもじりです。
 章タクって大好きなのですが、なにしろ章三なので、ストレートでまっすぐそうな彼が、友人で・親友の恋人で・同性なんていう相手にたいして、一体どうやって恋愛するハメになるのか、という点をクリアできる設定をつくらなければならない(と、個人的に思ってしまっている)ので、実はあまり気軽に書けないCPでもあります。今回はギャグに逃げてしまった感じですね…(笑

4

せりふ Like
!



裏コイモモ
裏コイモモ:トップページへ