白ワインが飲みたいというアフロディーテの要望に、デスマスクはワインリストをざっと見わたして、地産の白を選んでくれた。それはアフロディーテが好む辛めの飲み口で、白身魚の香草焼きにもよく合った。プリモ・ピアットのイカをつかったリングイネもおいしかった。イカの風味を活かしたソースがやや平たいパ スタにしっかりとからんでいて、濃厚なポモドーロが口中にふわっと広がった。素直に感想を述べるアフロディーテに、イカは近海で採れたものだと、男が誇らしそうに説明してくれた。
 男は故郷の島を愛し、自分が賞賛されることよりも故郷への賛辞を喜ぶたちだった。アフロディーテはそれが好ましく、少し切なく、そして少し妬ましかった。シチリアは男の内部のごく私的な場所を占めているらしかったし、アフロディーテはそれは自分が立ち入ってはいけない領域かのように感じていた。男にオーダーを任せていたのは、そのせいもあったかもしれない。
「デスはおいしいものをよく知っているのだな」
「シチリアーノだからな」
 デスマスクは再びにやりと笑った。アフロディーテはまた少し切なくなったが、そんな男の顔がやっぱり好きだと思った。


「俺がどうして最低なんだい、アンジェリカ?」「とぼけないで! また嘘をついたじゃない」「嘘? 何のこと?」「あんたの嘘なんて、お見通しなのよ! もう騙されないわ!」本人は大真面目なのだろうが、男にむかってまっすぐに指を突きつける女の様子は観衆にはやや芝居がかって見えて、ここはコロッセオだったかと錯覚しそうになる。黒いドレスは大胆に白い背中を晒し、舞台女優と言っても通るほどに見栄えがしている。
「君、何か勘違いをしてるんだろ」男は悠長にタオルをたたみ直しながら答え、ひょいと眉さえ上げて見せる。女はたやすくも激昂し、ふたたび右手を振り上げた。つややかに巻かれたブロンドが宙を舞い、ぶんと音がしそうな勢いで振り下ろされた白い優美な腕は、男のがっしりとした掌に収まってしまう。「何よ……殴らせなさいよ、せめて!」「君の手の方が痛いだろ? こんな細腕でさ」「う……っ、っ……!」
 マスカラをたっぷり重ねた睫毛の隙間から、ついに涙がこぼれ落ちた。