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芳草即興曲








――午後三時裏の公園の丘でお待ちいたします。
――午後三時裏の公園の丘でお待ちいたします。
――午後三時裏の公園の丘でお待ちいたします。
 一通はアパートのドアの下。もう一通はレオーネ・アバッキオさん、速達です!とドアがノックされ、もう一通は、――ごく小さな紙片で、ポケットの中に入っていた、気づかない間に、と、認めるのは苛々するが。
 署名はなかったが、なぜ分かるのか自分でも不思議だった。不気味だった。不本意だった。

 今日生まれてはじめて空気に触れた若芽がいくらあるか、僕は目を閉じて数えた。彼らはふるえながら、猛烈なすなおな陶酔とともに日光を受け容れながら、エネルギーをつくっていた、そうしてはじめての翳りを待っていた。
 彼らは僕だと思う。草木燃える春は僕だと思う。生まれてからずっとだ。能力に気がついてからはなおさらだ。僕はあおむけに転がる、彼らには痛覚はないけれど僕がそれを感じることができる、倒れたところで指がぶち、と音を立てて摘む小さな花。素早く編みこんで、繋ぐ、青いみずみずしい鎖。自分のためにならこんなことはしない。なぜ僕は彼らを犠牲にしてまで痛みを感じたい? これは、はじめてだった。痛みなんか飽き飽きしてたはずだった。
 午後三時の公園の丘に、彼は百合の花のように静かにあらわれた。いつもの荒い足音もひそめている。猫みたいに、あるくことだってできる人なんでしょう、たぶんアバッキオは。知っていた気がするけど、実際に聴くのははじめての気がした。
 百合の比喩はぴったりしすぎていて、それをことばのかたちにしてしまった自分に苛々した。目も眩むような陽光が晒すのが心配なほどの肌と髪。心配すればするほどやきもきさせられる肌と髪と、瞼と鼻筋と、くちびる、
 僕は起き上がるのをやめた。
「おい」
「午後三時に裏の公園の丘でお待ちいたしておりました」
「……どういう果たし状だ」
「そう!果たし状の案なんです。どうかなぁと思って。どう思いました? 最初にやってきた奴からブチのめすんです。時間通りにやって来る奴なんか、案外居ない。二番目に来た奴は動揺するでしょ、三番目はもっとね。面白い流れになるかもしれない。三人の相手に、係累が薄いことがポイント。そしてもし全員時間きっかりに来たら、全員動揺するでしょう」
 アバッキオが上から覗き込んでいるので、さらさらと流れ落ちる銀の髪が寝転がったままの僕の頬に触れそうで、実際は触れるほどの長さがあるわけはないのだが、そのちくちくした切っ先が僕はとても欲しかった。陰になった薄青い膚のなかで、菫がかった青い目が光っている。
「だったら三人に送れ」
「あなたが冷静な指摘するとすごい気持ち悪いです」
「黙れガキ」
「復活祭だからといって……まさかアジトから家に帰らずに教会に行くとか思ってません。だから、考慮したのはあなたが自分の部屋以外のところで夜を過ごす可能性、はい、黙っててくださいねーそこの反論とかべつに聞きたくないです、あと、酔っ払ってて帰ってきてもドアの下とか見過ごす可能性、とかね、ふふ」

 果たし状でも構わず、俺は行ってやろうと思った。と考える前に、勝手に足を向かわせるだけの切実さが、整った筆圧高めの筆跡に、あった。
 お 待 ち い た し ま す
意味は分からない。一貫して分からない。――いつもものごとの意味を考えているのは案外、チームの中で一番、自分だ。と俺が時々気づいて動揺していることにブチャラティは気づいているだろうか。だから、振り切ってみた。あんたのように。意味以外のざわめきを信じて。不安だった、というのが正しい、否、心配、のほうが近い。
やけに反抗的で挑発的な態度をとりたがる、小賢しく、なかなか侮れないタイプの能力――実力はまだ大したことないが珍しいって意味でな――をもつガキ、しかしこれは、反抗や挑発のようでありながらそのどちらでもない気がした。
それからこの三通を書いているところを想像した。
「嘘です」
 ジョルノはくるりと上体を起こして、俺を見上げると言った。
 嘘つくな。
 口から出そうになって驚いた、舌先で噛んで止めた。それでも音にならなかった自分の声は、その年長者的な教育的なせりふは、身体の中に反響し、内側から俺を打った。
 何も言わないんですか? いいでしょう。という風に、ジョルノの顔の中でも特に異国の雰囲気を漂わせている厚めで柔らかそうな子供のような唇が、
 (子供なのだった、)
 その唇の端が、きゅっと上がって笑った。
 (子供なのだった、15歳の時なんか俺はまだ、)
 そうして大きな瞳がきらりと星のように光った、いつものように自信満々の小生意気なあれではなかった、もっと澄みすぎて光り過ぎていて俺はひやりとした。
 心配だった。そうだ。まさにそれ。なぜだ。どうかしてる。
「手紙出す相手なんか一人以上要らないんです」
「……そうかよ?」
「要らないんです」

 自分で言った響きが力になった、がばっと起き上がると片手で編み続けていたものをかなり上方の頭に被せた、何度かもう掠めたことのある、冷たい、水のような銀の髪、でも一番深く触った、いままでで一番!
 あ、花冠、似合いすぎ。想像していたよりも。
 怒れっ。怒らないんですか? なんで? なに、その、大人みたいな哀れむみたいな目?
「復活祭ですし。いいお天気だと前の日からわかりましたし。ほらっあそこ! 木の下ね、苺が一籠に、オーガニック・ワインが一本あります。ただ、それだけのことでした。ピクニックしないのが罪みたいな日でしょう、苺と一緒に飲んだら天国なんだ」
 アバッキオは一拍おいて、静かに「ガキが生意気だ」と言った。目が覚めるくらい優しい音調に思われた。いけない、過敏になりすぎている。
「僕、たぶん能力絡みでどうもヤバイんですよね、この季節、バランスが崩れるというかハイというか、」
それは真実である。
なるほどな、という顔を、アバッキオがしている。心臓がどきどきする。
「それから生まれた季節でもありますし。なんか、可笑しくなってしまう、」
 生まれた、んだよなあ、はは、いったいどうして――
「ああ。俺もだが」
「え?」
 ――えええ?

 それを聞くためなら十通だって出してもよかった、
 偶然。眩暈のするこの陽光のような、

 15歳の子供だということを念頭に置けば恐ろしいが、そうでなければ午後三時の楡の木の下で苺を食べ、ワインを飲むのは素晴らしい取り合わせだった。気を揉んだぶん適度に酔いが回り、草の甘い香りと溶け合って、俺は仰向けに寝転がった、先ほどジョルノがしていたように。ジョルノが何を思っていたのか、なんとなくわかるような、しかしやはりわからない。

 アバッキオは寝転がったまま真上の楡の葉を見つめている、僕がしていたように、僕の花冠をしたままで。あの冷たい膚に敷かれた草や、冷たい髪に絡まれた草と、僕は入れ替わりたい。けれども、やったらやれてしまうそれを自粛して彼の横顔を見つめている。キスしたいとか思うのも勿体ない。時が止まればいいと思う。……










+後記+
 ハッピー・イースター! 春だというだけで私は時々ハイになってしまうのですが、その勢いのままでこんな……になりました……ジョルノお誕生日関連のテキストはこれまでもぜんぶこんな感じですが、独白が多かった気がするので一歩ジョルアバ的に前進か。断片的な元ネタ、わかればかなり露骨にふたつばかり入れていますが恥ずかしいのでかきません。。。気になったらどこかできいてくださいw

2012TOP企画その2→イラストバージョン



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