チョコレイト・ディスコ
24かける12、
うう、う、と子犬のようなうめき声、
「わからなくなった? 桁がひとつ増えたってビビることじゃありません。わからなくなったときは、戻るんです、わかっていたところまで」
「えええ? なんだよもっとハッキリ言えよッ、――おいっジョルノ、さっきから黙ってニヤニヤしてないでヒント出せよォ」
「だめです。他力本願禁止ですよ」
「だそうです、すみませんナランチャ」
「くっそ、」
僕らの役目は後方支援、という名の油売りじゃあなくて、やっぱり気を抜いちゃいけないのだ。
今日の案件はスタンド使い絡みだ。だから思考も、枠を外して、前後左右に、発想のむこうへ、動けるようにウォームアップさせる。お茶を飲む。勉強をみてやる。それを横で見ている。からだのなかに、瞬発力の火花を溜めている。
アジトは陣地だ。出て行った3人が、なにかのときには、ここを頭の中の地図に大きくマークして、北極星のように胸に抱いて、行動する。
きょうこの3人が残り、あの3人が出て行ったのには作戦以前の理由があって。表向き未成年が立ち入れない場所での仕事なので、単純に、見た目である。
――しかし最近オレの特殊メーク術が飛躍的に上達してるんだが。何ならお前らのうち誰か1人替わってみたい奴がいれば試してやってもいいぞ、
――そんな時間があったら余裕もって調査してから出てってくださいブチャラティ。
――そうか。
つまらなそうな顔。それでもあくまで端正な。半分本気、半分本気じゃあない。そしてわけがわからないくらい、頼もしい。
「いいですか。不安になったら、分解してみるんです。不安じゃないものになるまで。つまり、24は何かける何でしたっけ?」
「ええー? いつもの逆いわれてもわかんねーよタコ」
「何ッ」
「わッちょっとちょっとキレんな、ねえッジョルノなんとかしてよ」
「4かける6でしょう。でも僕そういう初歩のところは日本式だからイメージしかたが違うかも。まあ、4かける6は、つまり2かける2かける2かける3」
「はい、書いて」
「ああー? あ、あ、そうかッ」
――わからなくなったときは、戻るんです、わかっていたところまで。
へえ、と、思う。
思ったな、という目で、フーゴが僕を見ている。
「退屈?」
「まさか。僕は新入りですし」
「今日はまあ、仕方ないよ。僕たち見た目が子供だからね」
「見た目、ってどう思います?」口から出まかせのように聞いてみた。8割方出まかせだけれど、瞬間のうちに確かに考えたことだから、頭のなかでは、つながっている。伝わらないかもしれない。「身長とか、顔つきとか。つまり僕らが今ここに集まってることが質問の基点ですけど」
でもこの人はそこまで読みそうだ、と直観で思った。
「……別に。かなり多くの状況について考慮すべき要素の一つ。計算はしやすい」
ふうん、感情の惹起は考慮しないんだね、あなたは、とぼんやり思っていると、相手の視線が鋭くなる。聞き逃げはなし、らしい。
「……たぶん意味はあるので、意味なんかない、って言いたくなるもの。意識しているから、無視して思いっきり通り過ぎたいものかな」
「……へーえ、」意外。というのと、理解できない、というのが半分ずつ混ざった顔。
つまりね、フーゴあなたのこと、そこまで読んでくれそうだ、と思ったけど。それはすごくプラスなんだけど。――しかし、ぜんぜんまっったく1ミリだって気づいてくれない、というのとどちらが魅力的かと言うとですね、まあ認めたくないけど、たぶん、しかし、
――ああ。しかしあなたは正しい。……わからなくなったとき、は、……
入り口のドアが開く音がした。ちょっと普通より大きかった。即座に全員立ち上がる。筋肉が反応する。帰還、した、8割方は無事な、
(しかし、足音はひとつだ)
1秒とちょっと、言葉を発さずとも全員が判断する。
部屋のドアが開いて入ってきたのはブチャラティ、無傷、こちらに焦点があう前に、
「ジョルノいるか」
「います」頭の中が真っ白になるほど、呼ばれた声は稲妻のようで、瞬時に答えた。
「そうか」そう言って、ブチャラティはすぐにいつもの表情に戻った――と思ったところで、全員、それでは彼は動揺していたのだということがわかった。ナランチャが露骨に慌てた顔になった。
ブチャラティは一人で帰ってきた。当たり前のことだが、出て行ったときと同じように全員で戻ってきたわけではない。つまり完全に問題なし、超余裕、ではないということ。
しかも一瞬で落ち着いた彼の頬や目のあたりが、それと見せないようにしかしまだ焦っている。と、見つめる黒髪の下の眉間にかすかな皺がよって、すぐ消える。
彼は無傷だが。首尾は?――とは、誰も聞かなかった。聞けなかった。フーゴとジョルノは目も見合さず、言葉も出さずにおたがいそれを了解し、ナランチャは気圧されてふたりに倣った。
もっと大きな音でドアが開いた。
ブチャラティが素早く振り返った。他の全員が一瞬遅れて反応すると、ミスタが走りこんできた。顔一面に汗が浮いている。無傷。
「アバッキオは」
即座に聞いたのはブチャラティだった、その声の聞きなれないトーンに反応したのかことば自体に反応したのかはわからない、と、僕は自分の動揺を受け止めかねて、思った。
「知らねえ、すぐに道分かれたから」少し息が切れている。「えっ? おま、何焦ってんの?」
そのトーンの温かみが一気に、場にぴんと張り巡らされた糸を、緩めた。ナランチャが飛びついて行って背中をばん、と叩いた。「おいっ大丈夫?」
いつもの感じだ。
「大丈夫大丈夫。完遂ー。ほぼ予定通り。ちょっと相手の能力がハデだったけどな。じきにサイレン聞こえると思うぜ、このへんまで」
「水素を操るタイプだった」いつものようにブチャラティが補足した。「事前にもらってた情報と全然違ったから、そこでタイミングをミスした、少しだけ。まあ明日の夕刊には載る程度の火事だ」
いつもの感じ、
ではない。
いつも、をまだそんなに知らない。けど。でも、――
と思ったところでブチャラティと目が合った。
漆黒の瞳のなかに自分の頭のなかの続きを見た。鏡みたいだった。
ゆっくりとドアが鳴る。手でばん、と開けて入ってくる音じゃあない。黒い細長い背中のシルエット、半身こちらにひらいて、ばらり、と、こぼれる銀の流れ、
駆け寄るリーダー、部下思いの……
と形容したところで何だか自分にムカついた。でもそこは追求しない。
ピアニストかマジシャンのように。あの頭悪くて下品でガサツな内面にそぐわない、細くて白くて長い指をなぜか10本ぴんと思い切り開いて、反らせて、――覗き込んでいるブチャラティの鼻先が、銀の髪にもうほとんど触れてる、そんなふうに促されるままに手のひらを甲に返すと、地が白いからくっきりと、目がさめるほどぱっと染まった、痛々しい紅。
「ジョルノ」
「はい」
コンマ数秒と置かず返事をした。
「火傷は治せるか」
「まあ原理的にはなんでも一緒ですから」
一瞬の間。は、聞かれたことに正確に答え直せという意味ですね。「治せます」
「おいッブチャラティこんなの放っときゃ治る。ただの火傷じゃあねえか」
「まあ治しとけ。せっかくジョルノがいるんだから」
「だがなあブチャラティっオレがこんなくだらねーケガでこんなガキの世話になんなきゃいけねえってのが気にくわねえ、」
ああーもうそっちがガキすぎて言い返す気も起こらない、だいたいあなたのウサギくらいのプライドとか沽券とか問題にしてませんよブチャラティもっと言ってやってほしい、ってゆーかブチャラティブチャラティ連呼してんじゃねーよガキはあんただろ全く、じゃなくて、――じゃなくて! こっちはそんな下らないごたくの相手してる場合じゃあないんですよ、だってだって、
痕が! 残ったら!! どうするんですかッ!!
その手に!
あなたもう頭の回転とか性格とかはどーしよーもないんですから! そーゆー貴重なパーツくらいは! 大事にしてください全く!
という全てが喉から出てこず、僕らしくもなかった、この世界に入ってちょっと大人になったのか? いやむしろ逆な気がする。
それでも僕がニコニコして、はーい手を出してくださいって言ったら出すんだろう、思い切り嫌な顔して、眉間に皺寄せて、でも大人しく――そうしろって言われたからね! あなたの、大事な、B――――リーダーに、
「カフェ入りました」
わかりすぎたり傍から全然わかんなかったりでぐちゃぐちゃになった場を、よく徹る声といい匂いで収束したのはフーゴだった。
ブチャラティとは違った角度で、やはり僕はこの人を、一面的に尊敬する。
「あー欲しいわーグラッツィエ」
「俺はチョコラータにしてくれ」手を洗おうとしたブチャラティが振り向いて言う。「大した仕事じゃあなかったが何かすげー疲れた。糖分が欲しいな、ガツンと」
「と二人くらい言うと思ってましたので、あります勿論」
「あっじゃあオレも!」
「はい、チョコラータ売り切れ」
「俺のブラックにしてくれ、」と怪我人は、細かな水ぶくれの浮いてる手を伸ばそうとして眉間を引きつらせるから、なんてバカなんだろうもう、ぴしゃりと言ってやる、「終わってからにしてくださいね。その手でカップ、持てると思うんですか」
「あぁ?」
「あ、甘くてうまい、フーゴさすが」
「ありがとうございます」
「はいっ手! さっさと出してください」
「オレは今カフェが飲みてーんだ年上に意見してんじゃねえッ」
つかつかと近寄ってきたブチャラティが、整った仕草ですっと皿からカップを持ち上げる。
「チョコラータで悪いな、」
飲ませるのか、と思ったが自分の唇へ傾けてひとくち飲んだ、
さらり、と回り込み、僕の視界からアバッキオを覆って身を屈めて――一瞬。
すっと離れて。またつかつかと去っていく。「なぁこれ砂糖、何コ入れた?」
さすがに心臓がびくりと跳ねた。
僕の目の前の人は。焼けて爛れた手の色が、目の下に、鼻筋に、頬にそのまま移ったような顔をして、
口許は少し茶色く汚して、あれは、まぎれもなく、甘い、――
(くちうつし、)
誰も見ていない。見てたってたぶんよくあるリーダーの奇行の一環。汗を舐めるのと何も変わらない。でも、いま見たのは僕だけ、目の前で。
ということは彼の思考のなかにあったか、否か。
と考えた僕の前で、アバッキオは真赤になったまま、まだ動かないのだった。
雪が熱くなって、氷ってる。――なんだそれ、と思って、とっさに浮かんだ自分の形容に煽られて、一気に融かしてやりたくなる。
その口許のもの、
(鏡、見たらどうです?)
(教えませんけど)
(まったく本当に成人している人が子供がミルク飲んだ後みたいにしないでくださいよね、)
(拭きましょうか? 手、使えませんよね?)
頭の中でリピートかけてみる、でも、何かを言うという目的のためのせりふだから、結局、全部意味も必要もないのだった。バカバカしくなった、もちろん自分に。
瞬間。僕は。目の前のひとの傷を負っていないところ、すなわち両手首、を掴む、勢いで身を乗り出す、反応する暇なんかあたえない、素早く、羽根のように、汚れているところを舐めとった。
甘い。
甘く入れ過ぎ、フーゴ。
ぱちり、と長い睫毛に頬を打たれるのがわかった。即座に身を離した。
「なッ、てめ、ふっざけんじゃあねえッうッわ痛ッ!」
「動かないでくださいッて言ったでしょ治せませんよ! はい両手! 広げて!」
「……何やってんのお前ら?」
「はいはいはいおかわり欲しい人―」
「オレ! 二杯目はカフェで!」
「何ニヤニヤしてんですか全く、、、」
+後記+
バレンタインデー合わせの話も倉庫を見ると過去4本くらいかいていました、ココア→チョコパフェ→チョコレートバス→ときてココアにもどったのですがとっても原点回帰な感じです、ちらっとジョルアバでちらっとブチャアバな話、CP外としてのフーゴ好きも含めて。……原点、通り越して幼児退行というかやりたいほうだいというか頭の中がからっぽです。「チョコレイト・ディスコ」のイントロみたいにチカチカクルクルしています。というかいま夜中で明日出張で準備おわってないんですけど私! 黄金の三つ巴(初めて出した5部本がそーゆータイトルだったよ!)の呪縛はんぱないな!
でもでも、これに絵を描いてもらえるらしいので! もはやそれだけがたのしみですvvv