派手
派手ぶろうとしているわけではないのだろうが結果的にはそうなっている。意識しているのかしていないのかも傍目からはわからないところもある。訊いたところで全然意識していないとかなんとかいうに決まっているのだから。先ず着るものは派手だし。それになんかちょっとずつトレンドからズレている。そのくせダサいといわれないところで圧倒的にスマートに回収している。喧嘩も強けりゃ行動も派手だ。騒がれたいんだかそうじゃあないのかわからないところがある。フェミニン面してどこまでもオトコだったりする。素顔を隠してるのか隠してないのか、隠したいのか隠したくないのか。つきあいはまだそう深くない。くせにものすごく深いような気にさせやがる。さらにいえば(みんな忘れてやがるけど)同い年。それからチームリーダー。
その男は、路上でキスをする。合図もなく。予兆もなく。
もちろんここはアラブでもなければ日本でもない。とはいえ、カトリック国で俺らは野郎同士である。
最初は夜で小雨が振りだしていた。傘はふたりとも持っていなかった。何の話だったか覚えていないところが、恐ろしいが、仕事のあとでたまたま飲みに出て話がとまらなくなって、赤を一本空けてからリキュール二杯ずつだったか、50度近いくそ甘いのをストレートで、話はまだ終わらないんだがふらりと椅子からすべり降りて勝手に勘定をしている。おい、割れよ、と見得張って言うと後ろ手をひらひらと振って「明日な」、それからやってきて俺の肩を小突くと勢いよくバールの外へ出た。繁華街の明かりがちらちらと滲みつくりものの星空のように瞬くが、まだそんなに遅くない。
「ちょっと歩こうぜ」
と言いながら、さすがに酔っているのか、しょっちゅう肩と肩がぶつかる。しまいにはぶつけるのを楽しんでいるようでもある。腕もこすれる。おいおい、と危ぶんだ拍子に鼻先でぐらりとよろけて、すごい力で、がっしりと俺の腰をつかんだ。腰骨に指の骨を感じるくらいに。耳の後ろあたりにきた唇から出る息が熱い。
「――おい、」大丈夫かよ、と言うのが面倒臭いくらいに俺も回っている。代わりにばしんばしんと軽く背中を叩いてやる。そのくせいつもと変わらない大股の早足だからあっというまに繁華街を抜け出ていて、あたりはもう静かな街路樹とアパルトマンが並び小さな路地が繋ぐ住宅地だ。速さを合わせてついてくるのがやっとだった。ここどこだったっけ。
返事はない。俺の腰を掻い込むようにしながら、ふらつきながら、それでもいっそう確かな大股で建物と建物の間、街燈のない小さな路地の入り口にかかると、
「っ、」
掬い上げられるのかと思うくらいに腰の手が背中に回り力が篭もって、熱い乾いたものが唇に押し当てられた。それが唇だということは頭でわかったが他人の唇というものの感触を理解するより先に、押し付けられている、触れている顔の皮膚、眉と眉、鼻と鼻、頬と頬、髪と髪から発される体温とひとの匂いのほうが圧倒的に強くて、執拗に、弄るように繰り返される唇のうごきのあわいから伝わる息の熱さに集中がいくまで、しばらく時間がかかった。
「お、いッ」
すぐそこの表通りを通り抜けて行く高い踵の音がする。ちらり、という視線まで感じるような気がする。それなのにブチャラティは瞼を閉じている。すぐそこ、すぐ見えなくなってしまうくらい近く、一心に止めない、押し戻さなければこっちが崩れてしまいそうだった。女の唇の感触とは違う。もっと硬くて手ごたえがあって、乾いていて、広くて、よく動く。
それでどうなったかといえばそんなことをあちらこちらの隅で繰り返しながら、俺は混乱しながら時々押し戻したりしながら、でも結局連れて帰られたのは、俺だ。そんな、ことを、あちらこちらの隅で、繰り返しながら、あいつは帰り道のルートなんかあっさり把握してて。
全部的確だった。全部的確なのだ。感情に、衝動につきうごかされてるんだってその感情も衝動も獰猛な理性に換えてくる。勝ち目がない。なさけないったらない。いつもひとりでふらふらして。畜生。
ちょっと歩こうぜ、それからそれが合図のようになってしまった。ところが空の暗さはもはや問題じゃあない。俺はこんな奴会ったことがない。冷静沈着なリーダーとか面倒見のいい兄貴分みてえな面しやがって、実際冷静沈着なリーダーで面倒見のいい兄貴分(だけど同い年だ)なんだが、それなのに、しかし。
オフの昼下がり、公園に下っていく下町の、石畳の路地を歩く。ただなんとなく歩く。ちょっと歩こうぜ。天気がいい。昼寝の時刻で、あちこちに白い洗濯物がひるがえっているのに人通りは絶えている。どこからか青くさい花の気持ちのいい香りがする。あの植え込みかもしれない。ふと覗き込もうとすると横から唇を塞がれる。
最初の数秒、言葉が出ない。それからようよう息が苦しくなってくる間を縫って、
「……おい、」
繋がっているところを離さないまま、ひとの唇が軽く笑うのがわかる。そして返事はしない。
「……ひとんちの前、」
からかうようにもっと強く押しあててくる。
「……まっぴるま、ッ、」
さすがに夜とは違うというつもりなのかそこで解放されて、ふたりで同時に息をつき、ふっと上体を上げると重なった視線の先、白黒の猫がぱっと駆け出して消えた。
「――猫に見られたな、」
ブチャラティは淡々と言ってそれから唐突にふっと笑った。俺はタイミングを逃して一緒に笑えない。焦点の微妙に合わない潤んだ目が猫の残像を追いかけている。
「……くつした、はいてたな」
「何だよそれ」
「いやだから、足の先だけ白かっただろ」
とにかく、真正面から見てたのは、まだあのくつした猫だけだ。今のところは。
+後記+
久しぶりのブチャアバです。わたしにしては(これでも)女性向けです。いつにもましてやまなしいみなしおちなしですね!(笑)でも本当はハロウィーンにアップしたくて、もう一週間以上おくれてしまいました。
蜂郎さん! 受け取ってください!!
――というわけで、chickpea.labo様の御本にゲストした記念とか、大阪まで連れてってもらった記念とか、まあ日頃の憧れとかこめて、ここでささやかに捧げます。……すみませんこんなので……つきあいはじめのガツガツしてる感じを書きたかっただけなんですがどうでしょう……。あとなにげにオレ様な幹部とか。
タイトルは中山美穂の「派手」っていう歌が(たぶん)あって、かなり昔の曲でリアルタイムで聴いても見てもないんですけど、誰かが歌ってたのかなあ、
「派・手〜 だ・ね〜 派手もいいけど 道路でキスは ちょっといきすぎ〜」
というサビだけなぜかずっと覚えていたのでそこから。ええっ日本の80年代(だよね)って意外にコンサバ! 21世紀の日本は行き過ぎでもないですよね。見てみぬふりくらいで。道路でキスは留学してからビビらなくなってしまいました。ドイツってヨーロッパのなかではかなりお堅いほうだと思うんですけど、道路とか電車の中で恋人たちはけっこうキスしてましたからね。ラテン系のお国はもっとすごかろう、ということで。