インテルメッツォ
ほどなく必要事項の伝達は終わり、一番先に苛立った風で席を立ったのは、先程僕に最低の嫌がらせをした男だった。
僕は見ない振りをする。その目の隅を身を翻しざま、流れた一筋の銀の糸、長い直ぐな髪の端、が掠ってちりりと光った。
僕は眉の端っこだけを僅かに動かしてみる。何だ、あれ。ちょっと凄いな。膚の色も。血が通っていないみたいだ。あれだけ逆上せてカッとしていたくせに。生粋のイタリア人じゃないのか?
僕みたいに?
下品な奴。最低。よく観察すると、印は肉体に現れてる。黒い上下の後姿は上背のわりに腰つきが女みたいに細くて、艶めかしいのに、いやらしくない。ちぐはぐ。アンバランス。たぶんあれは知っているからじゃなくて、何も考えなくて良いから、上も下も真黒なので。身なりなんか碌に構いつけていない。それでそれが色気になっていることも知らない。ご愁傷様。あれは甘ったれじゃあない、皮膚の上より下にめちゃくちゃに、沢山の傷がついている寂しさなので、そうでなければあんなにギラギラ光りはしない。プラチナブロンドの髪だけが無闇に見事で、思わず息をのむほど、僕がのんだほど、天使の画のように、蜂蜜の河のように、刃もののように、乱れなく美しい。訊かなくったってすぐ分かる、ゾッとする孤独が匂うのに、一人寝してる訳じゃない。
あの髪。誰が梳いてるんだろう?
――としまいに僕は思った。ぼろぼろなのに、倒れない。
とにかくその男は出て行ったので、だけどこんなことは珍しくもないらしく、誰も少しも調子を変えたりはしないのだ。ただドアが閉まる瞬間、少し動いたのが一人の視線で。
このあいだ僕と血を流し合って戦った挙句ここに連れてきた男の視線で。
そして僕もついて来る気になった男の視線で。
よく観察すると、印は肉体に現れてる。目立ちすぎるんですよ、貴方は。声に出したら、きっと肩に届く前に払いのけるほどに、ふだん不自然なほどどこも揺れないから。視線が少し動いただけで目立ちすぎるのだ。そうしてたったそれだけのことで別人のようにも見えるのだ、彼は。おかしな人。ちょっと触っただけで、「いい人」だなんて直ぐに判るほど、硬いのに。曲がっていないのに。揺れないのに。
絶対に倒れないのに、何処かに闇を飼っている。小さな欠けだが恐ろしく深い。そこを突けば五体がばらばらに崩れるような。
――あの髪。誰が梳いてるんだろう? 僕なら梳いたりはしない。あんなに美しい、寂しい、甘ったるい、僕なら掴んで引っ掻き回してめちゃめちゃに乱してやるのだけれど。
おかしな人たち。
そう思った瞬間、彼も立って出て行く。こちらは穏健に、短くミーティングの終了を告げて。
「なあなあっ、お前、マジでさっきのどうやったの?」
そう。あいつの嫌がらせはあまりにもどぎつく、下品だったから、却って思い切り利用させてもらった。僕はもう、このグループにかなりの程度で溶け込んでいる。
「なんにもなし、なんですね?」
だからこんなことも言って見よう。
「あなたたちのリーダーは。部下が新入りにこんな嫌がらせをしても。それともこんなことは日常茶飯事とか?」
微笑みながら言うと、黒髪のナランチャ・ギルガが丸い目をもっと丸くして、真剣な表情で答えてくる。
「ううん違うよ。オレ達もビックリしたんだ。アバッキオはあんな事する奴じゃないんだ。なんて言うか、そういうタイプじゃないんだよ。」
「へえ」
「そうだよ。そうだよね、フーゴ?」
同意をもとめられた少年は僕の正面で涼しい瞼を上げて、はじめて僕をまともに見た。澄んで穏やかな印象があるが、不透明な深みと理知の冷たさを隠した鋭い目。視線が合うときに、かちり、と照準の合う音もするような。
「そうだよ。普段他人に向かってあんなことをする奴じゃない」
「へえ、そんなに温厚君子なんですか?」
「いや目に入ってない」
短い沈黙。唇から顎に細い指をわたして、覗きこむように僕を見る。
「君は今までよほど恵まれていたか恵まれていなかったかしたんだろう。」
僕は答えないで、ただ少し首を傾げて見せる。
「つまり、今まで阻むものが何もなかったか阻むものしかなかったかということさ。……チームにようこそ。僕は正直言って今少し、君が怖い。嫌な予感がするくらいにね。」
「それはどうも。……貴方の方が余っ程怖そうだ」と答えて僕は微笑む。
「いや君ほどじゃない」
と言った華奢な口許を見ていた僕はふと、その肩をすりぬけて後ろのドアをもう一度見つめる。
おかしな人たち。
その僕の視線を追って振り返るパンナコッタ・フーゴの視線と、取っ手のところでぶつかり、そこから僕の顔へ逆に辿り返して彼は微笑んだ。
「で? どうするの? 頭に来たんでしょう?」
「来ていませんよ。でもいつか仕返しはします。今すぐにではないけれどいつかね。あの綺麗な髪の中に手をつっこんでぐしゃぐしゃに掻き回してやる」
「あはっ」
水風船が割れるようにこの白皙の少年が吹き出して、つられて横のナランチャとミスタも声を上げて笑った。そうしたら、と僕は思う。
そうしたら、彼はどんな顔をするだろう?
視線が動くだけでは、きっとすまないでしょう、ね?
+後記+
幹部お誕生日企画のおまけです。ハイ、まさにおまけです。ブッ飛ばしてます。殆ど自動書記。ひどいもんです。人前に出すべきものじゃないのかもしれないけど、不謹慎ながらやっている方は楽しかったです。反則だらけですね。ジョリーンとか。
お誕生日小説を書いた後、ブチャ×ジョルのゆずりさんと、ブチャ×アバのわたしで〈A・B・Gという3人〉(笑)についてメールでお話ししていたらすっごく面白かったのです。多分この話題を話し合うには、このわたしたちの属性の組み合わせ(そしてジョル×アバが共通守備範囲という。)は大変刺激的なんじゃなかろうかとも思います。それでわたしもジョルノ入れたい、ジョルノ入れて何かを!!という思いが強すぎて出来てしまった文。ちょっと老練過ぎる15歳になってしまいました。もう文全体がギャグのようですが、わたしはジョルノとは破壊し再生させる「すべてを新しくする」存在なのだろうと思ってます。ところでまた気付くとフーゴがわたしになってる(語弊がありますが、視点がです。「漁師」参照)……ごめんなさい……頭悪いのに…
ところでこれを(発作的に)書いてたのはドトールでお茶飲みながら友達を待ってる時だった。何か自分最低。