恋は桃色
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*『機械仕掛けのエア』前書をご覧下さい。












 ギイとふたり、祠堂から街へと向かうバスにゆられながら、ぼくは面映い気持ちでいっぱいだった。
 今日はバスで、ふもとの街まで一緒に降りるのだ。特に目的があるというわけではなく、学校帰りの暇な時間を一緒に過ごす、という趣旨だ。だから、単なる平均的な高校生の放課後なのだけれど、でも、なにしろ相手がギイなのだ。
 ぼくがバイオロイドだとわかっていながら、それでもぼくを好きだと言ってくれたギイ。そしてぼくも、彼を好きだと思っている。そういう状態で、だからこれは、なにやらデートのようで、そう思うと少し面映いのだ。一緒に下校したことは、これまでにも何度かあったのだけれど、街までは約一時間、だから今日はいつもと違っていて――
「……あっ!」
 ぼくははたとそのことを思い出し、あわててバッグの中から携帯電話を取り出した。
「どうした?」
「今日、麻生さんが迎えに来てくれるって言ってたんだ。断るの、忘れちゃった」
「じゃ、もう学校に向かっちゃっているんじゃないか?」
「あ、今日は買出しのついでだって言ってたし、それは大丈夫」
 ぼくがそう答えると、ギイは笑ってぼくの手の中の携帯電話を指さした。
「そっか。なら、早くメールしちゃえよ」
「……う、うん」
 ギイの笑顔にみとれそうになってしまい、ぼくはあわてて携帯電話のディスプレイに視線をおとした。
 彼の微笑んだ顔というのは、ただでさえ破壊力抜群で、老若男女を一瞬でとりこにしてしまう。だから、ぼくが太刀打ちできるはずなんてなくって、ついついみとれてしまう。なぜなら、もっか、ぼくはギイに恋をしている――と、思っているからだ。
 ギイのことを思うと、ギイを見ていると、すごくドキドキして何も考えられなくなる。
 人間の恋かどうかはわからないけれど、少なくともバイオロイドのぼくにとっては、これは恋だと思うのだ。なにしろ、ギイ自身がそう信じてくれているのだし、ぼくもこの気持ちを確信していたいと思っている。
 胸をはって、君が好きだと伝えること。それが、今のぼくの目標だ。そのためにはきっと、自分がバイオロイドだということを言い訳にしないで、もっとギイの近くに行けるように、努力すべきなのだと思っている。それは、気持ちの面でも、物理的な距離の面でも、だ。


  バスを降りるなり暑さに負けたぼくたちは、まずアイスクリームを売っている店に入ることにした。色とりどりのアイスクリームを見ながら、ギイはダブルでアイスクリームを注文している……さすがはアメリカ人だ。ぼくはひとつひとつのフレーバーの説明を読みながら、どれを選べばいいのだろうかと頭を悩ませてい た。
 何かを選ぶ、というのが、ぼくはまだまだ苦手だ。好きなものを選んでいいよ、と言われても、困ってしまってつい、『葉山託生』が選びそうなものはどれだろう、と考えてしまうのだ。メロンにストロベリー、ミントチョコレート、ココナツ、レアチーズ……
 ふと、シトラスソーダという、淡い黄色のアイスクリームが目についた。それが目についたのは、少し前に、やっぱりこの店で、ギイが注文していたフレーバーだからだ。
 シトラスソーダを、もちろんシングルで注文して、店の奥のイートインスペースに移動する。外の見えるカウンター席に並んで座り、のんびりとアイスクリームを食べていると、ギイはぼくのコーンをまじまじとみつめ、ふとスプーンを手にしたままのひとさし指でこちらを指した。
「それ、柑橘類のだよな。好きなのか?」
「ん? や、えっと……」
 ぼくはつい、言いよどんでしまう。
「……こないだギイが食べてたから」
 きっと、つまらない理由だろうと思う。自分でも、主体性がないと思うし。
 ギイのことをもっと知りたい、とぼくは言った。けれどそれは、ギイにもぼくを知られてしまう、ということなのだと思う。アイスクリームの好みひとつ決められない、つまらないぼくを。
「そっか」
 ギイはそう言って、やけに嬉しそうに笑っている……どういうことだ?
「そっかー」
「どうしたんだい?」
「託生は、オレが食べてたからってそれにしたんだろ?」
「うん?」
「いや、託生の愛を感じるなあって思って」
 ……ん?
 ぼくは首をかしげた。
「や、そうじゃなく。単純に、どれがいいか決められなかったから。そういえばこれ、ギイが食べてたなあ、って思っただけ」
 ついつい、馬鹿正直に自己申告してしまう。けれどギイは、相変わらず機嫌よさそうに笑っている。
「ま、どうでもいいじゃんか、託生はオレが好きなんだから」
「どういうこと?」
「きっと無意識のうちに、オレとお揃いにしたいと思ったんだよ」
 ……そうなのか? 当の本人には、まったくそんなつもりは、なかったんだけどな。
 首をかしげるぼくをよそに、ギイは自分のアイスクリームをさっさと食べ終えて、上機嫌でぼくのアイスにスプーンを伸ばしてくる。
「……ギイ、おなか冷やすよ」
「大丈夫、大丈夫。あ、そういえば、明後日の放課後、化学部の実験器具借りてアイスクリームをつくるんだけど、託生も来ないか?」」
「面白そうだけど、ぼくは無理だよ。明後日はバイオリンの日だから」
「ああ、佐智に習い始めたんだったな」
 祠堂内だけではなく、そして日本国内だけではなく、ギイは相当に顔が広いらしく、なんと井上先生とも友人同士であったらしい。井上先生のご実家も相当裕福らしいし、きっとセレブなお付き合い、というやつなのだろう。
「オレも聴きたいな、託生のバイオリン」
「まだ、人には聴かせられないよ。『葉山託生』の音も、うまく再現できていないし」
「オレが聴きたいのは、託生のバイオリンなんだけどな」
 ギイはそう曖昧に笑うと、気を取り直したように明るく言った。
「ま、いつかリサイタルをやるときには、招待してくれるって言ってたもんな」
「え?」
 ぼくは首をかしげた。
「そんなこと、言ったっけ」
「なんだよ、もう忘れたのか? この前、バスで話したじゃんか」
「そうだったっけ」
 ギイは呆れたように目をすがめた。
「お前……ちょっと、いやかなり、忘れっぽいな」
「……記憶力には、自信がないんだ」
 記憶にしろ、動作性能にしろ、ぼくの能力は、そう高いものではない。そしてそれはどうやら、もとの『葉山託生』よりも更に……、らしいのだ。
「せっかく機械製なのに、ね。不良品、なのかな?」
 肩をすくめて、つい、そう言葉にしてしまう。自虐めいたぼくのジョークに、ギイはにやりと笑った。
「いや、それだけ個性的な機械なんだろ」
「個性……、」
 なんとも、ものはいいよう、である。
 ぼくは結局苦笑して、食べ終えたあとのごみをひとまとめにした。
「そろそろ、行こうか」
「ああ、そうだな」
 さて、今日はギイと、どこへ行こう。













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