恋は桃色
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*『機械仕掛けのエア』前書をご覧下さい。












 ぼくは葉山託生、祠堂学院高等学校の二年生――ということに、一応なっている。
 正確には、事故で亡くなった『葉山託生』という少年の外見と記憶をもった、「バイオロイド」――生体部品によってつくられたロボット、なのだ。
  ぼくをつくったのは、葉山託生の兄だった葉山尚人博士だ。尚人博士は天才と呼ばれていて、ぼくもバイオロイドではあるけれど、一見ふつうの人間とかわらな いように見えるくらいに、自分でいうのもなんだけれど、精巧につくられている。ただ、日本人にはほとんど見られない、薄い色の虹彩と、人間でいえば血管に あたる部分を流れる、金色の溶液とだけは、人間ではないということの証拠のように、ぼくの中に存在している。
 けれど、普段は黒い光彩のコンタク トレンズをいれて、けがさえしないように気を付けていれば、誰もバイオロイドだとはわからないだろう。そうしてぼくは、普通の人間と同じように高校に通っ て、人間のふりをして生きている。なにしろ博士は、溺愛していた亡くなった弟のかわりに、同じ姿をしたバイオロイドのぼくが生き続けることを望んで、ぼく を作ったのだ。ぼくは、博士の弟である葉山託生の「つづき」、なのだ


「託生くん、もういいよー」
 明るい声に、ぼくはゆっくりと目をひらいた。
 麻生さんはにこっと笑い、手だけはものすごいスピードでキーボードをうち、電子カルテに記入しながら、ぼくに話しかけてくれた。
「急がなくていいから、ゆっくり起きあがってね。ずっとじっとしていなきゃならなくって、疲れただろう? お茶にしようね、もうちょっと待っててくれるかい」
  何種類かある定期検査のうちいくつかは、ここ最近では、麻生さんとぼくだけで行うようになっていた。博士の助手の麻生圭さんは、医師の資格も持っている、 とっても優秀な人らしい……のだが、家事一切まで引き受けてくれてしまっている。なにしろ、この研究所に住んでいるのは、麻生さんのほかには、常に研究の ことで頭がいっぱいの博士とぼくだけなのだ。時々アルバイトの学生らしき人々もやってくるけれど、ともあれ普段は、家事に関してはついつい麻生さんに頼り 切りになってしまっている。でも、このままではいけないと、ぼくは最近思っている。ぼくも、少しでもいいから、自分に出来ることをすべきなのだ、きっと。
 ぼくはゆっくり起き上がると、はだけていた検査着を着直した。
「お茶なら、ぼくが淹れますよ。麻生さん、まだ忙しいんでしょう?」
「そう? じゃ、お願いしようかな。あ、クッキー焼いたから出してみてね、いちごとバニラの」
「はい、わかりました」
 検査室の脇にある、カーテンがひかれたスペースで制服に着替え、廊下から居住区へと向かう。研究所は入口から入って左側が研究室区、右手が居住区となっているのだ。
 居住区に入ってすぐ横はキッチンがあって、奥はダイニング、兼リビング、のような場所になっている。その向こうは、個室が連なる区域への廊下につながっている。
 ぼくはキッチンでお湯をわかしながら、麻生さんのクッキーを探した。いつも簡単なお菓子などが置かれている棚をみると、白っぽい密閉容器があったので、開けてみる。ピンクと白のマーブルクッキーがあったので、お皿にもっておいた。
 紅茶葉をいれたポットにお湯を注いだところで、麻生さんがやってきた。
「ありがとう、託生くん。あーいい匂い」
「はい、あの、……博士の分も、淹れますか?」
「ああ、そうだねえ。声をかけてみようか」
  麻生さんはクッキーの皿をテーブルにはこぶと、所内用のPHSで博士に連絡をしはじめた。ぼくはポットと三人分のカップをお盆にのせて、先週みたいにこぼ さないように、またいつだったかみたいにつまずいてころびかけたりしないように、そろそろとテーブルにはこんだ。いつも思うのだけれど、せっかくバイオロ イドという人工的な生き物なのに、どうしてぼくはこんなにそそっかしいんだろう……。
 なんとかテーブルまでたどりついて、麻生さんと向かい合ってお茶を飲んでいると、唐突に「だったん人の踊り」のメロディが流れだした。ぼくの携帯電話の、メール受信音だ。
「あっ、すみません、マナーモードにしておくの忘れてた」
「いいよそんなの、気にしなくて、なになにメール?」
「だと、思います」
 とはいえ、検査中に、鳴らなくてよかった。制服の上着のポケットに、入れっぱなしにしていたので、あぶないところだった。
 ぼくはあわてて携帯を取り出して、音を消した。そのままポケットに戻そうとすると、麻生さんは首をかしげていった。
「見なくていいの? 俺気にしないから、返信しなよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
 ぼくはその言葉に甘えて、メールをチェックさせてもらうことにした。折りたたみ式の携帯をひらいて、キーにふれると、すぐに彼の名前が表示されて、そのタイトルについ笑ってしまう。
「わかった」
「え?」
 顔をあげると、麻生さんは、なんというか、ちょっと不思議な笑い方をしていた。
「ギイでしょ、メールの差出人」
「えっ! ど、どうしてわかったんですか?」
「わかるさ、ふふ」
 びっくりした……麻生さんって、もしかして、超能力でも使えるのだろうか。もしそうだとしても、驚かないけど。
  考えてもわからないし、聞いてもはぐらかされそうなので、ぼくは黙って携帯電話のディスプレーに目を落とした。ギイらしい簡潔な文面で、明日の放課後予定 がなければ、一緒にふもとの街に行かないかと聞いている。章三も一緒に、とは書いていないので――ギイは律儀なので、同行する人がいるのならそう書いてい るはず――二人で、ということだろう。
 これって、もしかして、デート?
 ぼくは思わず、頬に手をやった。
 顔が熱い、気がする。
「あ、博士、お疲れ様です」
「ああ、麻生さんもお疲れ様。検査結果、問題はないみたいだな」
「はい。お茶、はいってますよ。託生くんが淹れてくれたんですよー」
 あわてて顔をあげると、疲れた様子の博士が椅子に座るとことだった。ぼくの淹れた紅茶をひとくち口にして、何かを考えるように目線を伏せてから、博士はふとぼくに振り返り、眉をひそめる。
「何をしている?」
「え、……っと、その、」
 何を聞かれているのかわからなくて、ぼくが言いよどんでいると、麻生さんが助け舟をだしてくれた。
「携帯メールだよね。お友達から、でしょ」
「友人からメール……?」
 けれども博士はみるみる険しい顔になってしまい、ぼくは手元の携帯電話をぱちんととじた。何かまずかったのだろうか。
「私はそんなことのために、お前に携帯電話をもたせたつもりはない。リソースも時間も無駄にしていないで、勉強でもしていなさい」
「……はい、すみません」
 麻生さんは気の毒そうな顔をしていたけれど、ぼくは少し頭を下げて、素直に立った。立ち上がりしなに、気にしないでください、と麻生さんにめまぜをする。
 博士の憤りも、仕方がないことだと思う。なにしろぼくの成績といったら惨憺たるものなのだし、そしてそれは『葉山託生』らしくないことなのだし、つまり、だから。ぼくは、彼の弟の『葉山託生』ではないのだから。













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