|
…それくらいならおれにも可能だ。薔薇に接吻するってのは、ガーデナーの楽しみのひとつとして理解できる。
おれは座ったままの薔薇にの上にかがみ込むと、軽いキスをおくった。
「…これでいいのか」
うっすらとひらいた唇から吐息がこぼれ、うるみがちの眸が続きを催促する。おれは黙って深いキスをした。
ゆっくりと顔を離すと、薔薇はまた息をついた。
「満足かよ?」
おれの問いかけに、薔薇はまたゆるゆると俯いた。
「…わたしは自分で思っていたより、欲深い人間だったようだ」
「何だよ、他にしてほしいことがあるなら言ってみろよ」
ため息まじりのおれの言葉に、薔薇はしばらく黙っていたが、やがて意を決したように顔をあげた。凛と涼やかなまなざしに、圧倒されそうだ。クソ。
「わたしは、君に…好かれたい」
「別に嫌ってねえよ」
「ちがう。わたしを…愛してほしいのだ」
「愛して? おれと寝たいってことか?」
「そうではない…いや、それも含むのか? かもしれない、が」
「わかんねえよ。もっと具体的に言ってくれ、何をすればいいのかおれにはわからないから。おれがおまえを愛するように、おまえがおれに指示をするんだな」
薔薇はわけがわからない、という顔でおれをまじまじと見た。
「それは、愛と言えるのだろうか」
「知らねえよ、愛ってなんだ? おれは知らない――わからない。でも、」
おれは初めて、自分から薔薇の髪に触れた。さらさらと音をたてて指のあいだをすりぬけ、かすかな香りだけが残る。こんな、こんな薔薇を、美しい生き物を、おれが…なんだって? 何をするって?
恐ろしい。途方もない。正直、逃げたい。
だが――目の前の薔薇に、泣きそうな顔をさせとくわけにはいかないだろう。
「でも、お前は知ってるんだろ、『アフロディーテ』。…お前がおれに教えろよ」
恐ろしいしよくわからないが、仕方がない。
なにしろ、長年丹精してきた薔薇だ。
冥界で、最後の時まで大事に抱いていた薔薇だ。
おれのせいで、おれみたいなどうでもいい人間のせいで、薔薇が泣くなんてことがあっていいはずはない。
薔薇は首をかしげて少し考えるようにし、やがてそっと目を閉じたので、おれはその赤い唇にみたびめの接吻をした。
そんなわけで、相変わらずのサンクチュアリで、おれは薔薇の世話を続けることにした。今度は言葉を話す薔薇の願いをかなえてやるという、一風かわったガーデニングだ。
その世にも珍しい薔薇の名を、愛の女神と同じくアフロディーテという。
prev<<
- 7/7 -
>>ends
- GOODDREAMS -
|
|